… (お題 : 突然の君の訪問。)
… (お題 : 雨に佇む)
… (お題 : 向かい合わせ)
オーギュとこの森の家でいっしょに暮らすようになって数年が過ぎた。
出会ったときのひどい火傷はもう跡形もなく治っているけれど、オーギュはもっとずっと深い傷を内に秘めていた。
そのことはオーギュには言葉にすることすらできないようだった。
身に降りかかった凄惨な出来事――そのおぞましい記憶――そういったものがオーギュの心身を蝕み苦しめていることに、私は初めから気づいていた。
それがどんなものであれ、私はオーギュの負った深い傷を癒していくつもりだった。
けれど、私が得意な癒しの魔法も強力な薬草も、オーギュの深い傷の前には全くの無力だった。
あの場所に閉じ込められていたときどんなことがあったか、闇魔術の使い手たちにどれほどの仕打ちを受けていたのか、オーギュが言葉を紡げるようになった今ならわかる。
けれども、それらを知った今でもオーギュが受けた傷の癒し方はわからない。
オーギュをぼろぼろに傷つけ壊した者たちにどんなに怒りを燃やしたところで、オーギュの傷を癒やすには何の役にも立たない。
私ができるのはただ、いつもオーギュのそばにいて寄り添い見守り支えていくことだけだった。
今夜もオーギュを腕に抱いて眠る。
明日もまた、オーギュは悪夢にうなされて目を覚ますのだろうか。
大切な人の悪夢一つ止められない。
魔法というのはなんと無力なものなのだろうか……。
(フリートフェザーストーリー いつかのできごと篇 #4 : お題「やるせない気持ち」)
二人はソファに並んで腰掛けて分厚い動く写真集を開いていた。
大きな白い雲がゆっくりと流れている青空の下で、広大な砂浜に波が押し寄せ、やがてまた静かに引いていく。
「ねえ、サーシャは海へ行ったことある?」
「あるよ。オーギュは、
……覚えてないか。」
「うん、絵や写真では見たけどね。
私が海に行ったことあるかサーシャには読み取れない?」
「無理だよ。私の特性〈のうりょく〉のことを言うとよく間違えられるけど、私が読み取るのは感情だけ。
考えや記憶を読み取る能力がある魔法使いのことは、本で読んだことならあるけど実際に会ったことはないよ。
もしそんなことまで読み取れてしまうなら、その人は私よりもっとしんどいだろうね。
……私にわかるのはオーギュが海の記憶がなくて悲しんでるってことだけ。」
そう言うと、サーシャはそっと抱き寄せると私の頭を肩にもたれさせ、髪をやさしく撫でてくれた。
「オーギュは海に行ってみたいの?」
「うん……絵や写真で見た記憶だけだから、一度実際の海を見てみたいな。」
「…….海っていうものは凶暴だよ。
私の好きな泉や湖や小川なんかとは全然違う。怒りにまかせて荒れ狂って何もかもを飲み込んでしまう。
水の精霊が、海の精霊と湖の精霊と……って役割を分けたようにね、同じ水でも違うものなんだよ。
海は、オーギュも前会ったマリエルみたいなもの——あるときは荒れ狂って手がつけられないけど、またあるときは不思議なくらいに優しく穏やかでね……。
マリエルのことを嫌いなわけじゃないけど、彼といたらさんざん振り回されるからね。」
そう言ってサーシャは写真集のページをめくり、雷を伴う激しい嵐に猛り狂う海の写真を見せた。
「私は嵐なら止められる。」
オーギュが呟くように言うと、写真の激しい雷雨がすーっと止まり、吹き荒れる風も止んでしまった。
「今何やったの!?これ写真だよ?」
サーシャが驚いてオーギュを見た。
すると、オーギュは驚き怯えた目でこちらを見ていた。
「……私はただ、嵐を止められるって言っただけだよ。今は何もしてないのに……。」
サーシャは動く写真集をぱたんと閉じると、オーギュをそっと抱き寄せた。
「他者の感情がそのまま入り込んでくるなんて、ただ厄介なだけだったけど、これのおかげでオーギュのことをわかってあげられるね。
……大丈夫。何も心配いらないよ。
いつだって私がそばにいるからね。」
(フリートフェザーストーリー いつかのできごと篇 #3 : お題「海へ」)