「学校だりーー。」外は雨。教室の窓の外を眺めながらそう思う。教室の中では響くタナジュンの声。僕はこの授業が嫌い。難しいし、ダラダラと喋るとても眠くなる授業だからだ。いつの間にか飛ぶ意識。「キーンコーンカーンコーン」チャイムが鳴り、いつの間にか授業は終わっていた。ちょっと得した気分になった。「パラパラパラ」外から屋根に落ちる雨の音が聞こえてくる。「これきたくね?」友達が言う。雨が降ったら僕の部活はだいたい休みか、トレーニングになる。「休みになれ!」心の中で強くそう思う。そして、運命の時、内山がくる。「はい、集まってー」相変わらずネチネチした感じで喋っている。
「今日は外が雨なので、、、」心臓の鼓動が響く。
「中でトレーニングをしましょう。」すごく腹が立った。今にも心臓が飛び出そうなぐらい力を込めて、
「オフにしろやーーー!」そう思った。
私と踊りませんか?私と踊ると幸せになれます。でも、悲しいことを思い出します。私と踊ると全てのことが楽しくなります。でも、一瞬で疲れます。私と踊るととても笑顔になれます。でも、気持ちが少し痛みます。私と踊ると世界を見渡せます。でも、大切な人を失います。私と踊りますか?
もしも過去の自分に巡り会えたら
もしも16年前の自分に巡り会えたらこう言うだろう
「おめでとう。」
もしも10年前の自分に巡り会えたらこう言うだろう
「とにかく遊びまくれ。」
もしも3年前の自分に巡り会えたらこう言うだろう
「何も考えずに勉強しろ」
もしも7ヶ月前の自分に巡り会えたらこう言うだろう
「部活は顧問を選べ」
もしも3秒前の自分に巡り会えたらこう言うだろう
「気まずいのはわかるぞ」
奇跡。なかなか無い、偶然起こることを奇跡と皆思っているだろう。それはそうだと思う。だけどどうか、私たちがここにいることこそ本当の奇跡なのではないだろうか。これまで生きてきた中で、楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、幸せだったことをたくさん経験していると思う。だが、そんな過去があったからこそ今ここに、この場所にいるんだと思う。
だが、例外もいる。それは、内山だ。アイツはおかしい。なぜ、あんな昭和をまんま擬人化したような性格の人間が、なぜ、私たちの高校にいるのだろう。本当におかしい。もし、過去に戻れるなら、私は内山を見つけ出し、東京湾に沈めたい。
僕は学校の授業はだいたいたそがれている。先生が何を喋っているのか、今教科書のどこのページを見ているのかも分からないくらいたそがれている。たそがれると、気持ちが落ち着く。本当に楽になる。
でも例外もある。それは内山の授業だ。これは、どこのページを開いているか、何を内山が喋っているかなんてわかっていて当然。これがわからないと、多分、人生終わる。全神経を集中させ、周りの音を遮断し、一語一句聞き逃すことなく授業を受ける。本当に疲れる。
あのシワクチャやろうが。