懐かしく思うことは君の泣き顔だった。
震える君、泣きながら大きな声で返事をして
僕は凄く後悔したんだ。
あの日のことを少し大きくなった君に謝る事はできたけど、あの時の映像は今も頭の中に残ってて、思い出す度に酷く申し訳ない気持ちになる。
そんな君が『今の彼と会って欲しい。』と言ってきた。
僕にNOは無いけれど、やっぱり少し緊張する。
君が笑顔でいるならそれでいい。
君の泣き顔はできれば見たくない。
君が泣いた時、僕は酷く後悔する事が多かったから。
君が幸せであるように、
君の願いはひとつでも多く叶えていけたら嬉しいと思う。
その役目はきっと、
僕から既に彼へと移っているのかもしれない。
それすらも君の望みなら
叶えばいいと僕はここで思っている。
幸せであるように、
幸せになるように。
雨が降っていた。
いろんな音が聞こえていたが
俺は雨の音に集中していた。
しかしそれも長くは続かなかった。
なぜなら人の声は何よりも耳に届き
理解できる言葉はどうしても脳を刺激するからだ。
聞こえた言葉はいくつかあった。
聞こえた声もいくつかあった。
どれも耳を塞ぎたくなるような言葉。
そしてどれも容易に状況が想像できる言葉。
でもその中でひとつだけ、はっとさせられた言葉があった。
『ありがとう。ママ。』
か細く震える声だった。
今にも消え入りそうな女の子の声に聞こえた。
悲嘆や苦しみや憎悪などではなく、
その声はとても穏やかにそう呟いていた。
こうなってしまってからどれくらい経っただろう?
スマホのアラートがけたたましく響いたのが昨夜の22時半頃だったと思う。避難警報なんて意味無かった。それは一瞬で、気付けば天井が目の前にあって、もはやそのスマホもどこに行ったか分からない。探すことも出来ず体を動かすことも出来なくなっていた。。
全身に力が入らない。
痛みももはや分からず、
自分の体がぶるぶると痙攣しているのが分かった。
少し眠かった。
無意識に目を瞑っていた。
でもある瞬間、気付くと
目の前の壁が無くなっていた。
それに気付くと少し頭が疼き、
視界がぼんやりと赤く染まるのがわかった。
でも暗闇の中でやっと見えた星空。
降りしきる雨で赤い靄は晴れていき
俺ももうすぐ終わるのを感じた。
星は綺麗だった。
声も聴こえなくなった...。
行かないで。
僕の心はそう言っていた。
だけれども、人として、
大人として、
それは言うべきでは無いことはわかっている。
出会いとはいつも偶然で、
それは常に一期一会というものである。
悲しいけれど、寂しいけれど、
自分のために、
彼のために、
引き止めはしない冷たい男を受け止めていく。
人とは愚かな生き物である。
始まりはいつもぼんやりとしていた。
いつの間にかはじまり、
気付けばいつもそこに巻き込まれていた。
すべては僕の優柔不断のせい。
すべては誰かが決めてくれていた。
だけど、
今回はそうもいかない。
僕が動かなければ彼女は救えない。
これがどういう事かは、またあした。
今はこの状況をどうするか、
まず動いてみることにする。