7月18日 終業式
「俺とお前の間に、友情なんてないよ。」
突然そう言い放つ俺に、幼なじみは涙でいっぱいの目を向けた。
『なんで、そんなこと言うんだよ、』
力なく呟いたあと、力いっぱい地面を蹴って、走り去っていく。女とは思えないほど速い足、風に揺れる雅な髪なんて、短髪のお前にはあるはずもない。
7月10日
『あたし、なんで女なんだろ。』
大きな瞳から溢れ出す涙。それをただ、眺めることしか出来なかくて。悔しくて、情けなくて、気付けば俺の頬にも涙が伝っていた。
9月2日 葬式
思ってもみなかった。お前を突き放したあの言葉が、最後の言葉になるなんて。
誰もいない部屋でひとり、お前の遺体にキスをした。
「言ったろ、俺らの間に」
"友情なんてないよ"
短い髪も、女らしからぬ振る舞いも言葉遣いも、全部全部、好きだった。お前が女に生まれたことを悔やんで泣いた、あの日の夜。何も言えなかったのは
お前が女でよかった
そう思う自分がいたから。
9月5日 葬式
花咲いて
大層な意味を込められた100何本のバラの花束より
君から貰う、たった1本のガーベラが好きだ。
「もしもタイムマシンがあったなら、」
そう呟いた青年の細い腕に、持っていたアイスクリームが液体となってドロドロと流れていく。
「君は、何がしたい?」
『えっ、あ、その、えーっと。』
いきなり話しかけられたものだから、僕は狼狽した。
そもそも、タイムマシンなんてあるはずの無い物のことなんて、上手く想像することができない。
「まぁ、ゆっくり考えれば良いさ。夏は長い。」
そう言って優しく微笑んだ青年の肌は、夏に似合わない色白で、首元まで伸びたおかっぱ頭は体格と相まって彼を女性らしく見せた。
『あの、!』
その先の言葉は出なかった。彼が僕の言葉を待つ数秒が嫌に長く感じた。言葉は出てこないのに、出さなければならないこの状況に、苦しい、そう思った。
そんな苦しみを察したかのように、少しづつ、雨が降り始めた。
「行こう。僕のうちがこの近くにある。」
青年に手を引かれて歩いたあの道は、けものみちのようで、この先に本当に人の住む家があるのかと彼を疑った。でもそんな疑いもすぐに晴れ、二階建てだが小さな家に、足を踏み入れた。
「お風呂に入っておいで、雨に濡れて風邪をひくといけない。」
「…それとも、一緒に入ろうか?」
『えっ!?』
「冗談さ」
どうやら僕はぼーっと立ち尽くしていたようで、彼にからかわれてようやく目が覚めた。
お互い風呂に入ったあと、客間らしき場所に通され一緒にはちみつの入った紅茶を飲んだ。自分の話、家族の話、過去の話、未来の話。沢山話して、あっという間に時間が過ぎた。
それから毎日のように、彼のもとへ通った。けものみちは日に日に草木が生い茂って狭くなって行ったけど、どんなに服が汚れても気にならなかった。帰り際には、はちみつの入った紅茶を飲ませてもらった。どんなに暑くても、それが僕らにとってのさようならだったから。
8月31日、夏休み最終日。
「もう夏が終わってしまうね。」
『平日には来られないけど、土日は毎週来るよ。』
「……もしもタイムマシンがあったら、君は何がしたい?」
『僕は……』
僕は答えられないまま、その日は家へ帰った。
次の週の土曜日、彼の家へ続く道はもうなかった。
町の人に聞こうとしても、僕は彼の名前を聞いていなかった。
それから10年、僕は18歳になった。男にしては細身で色白。ボサボサの髪の毛を美容院でおカッパに整える。鏡に映る自分を見てふと思った。
「もしもタイムマシンがあったなら。」