自転車に乗って
街の近くの高台に登ると、
遠くに山が見える。
あの山の向こうにも、
街が広がっている筈なんだ。
その街は、
俺の知らない人が、
何気ない日常を送る街。
誰かにとって、
とても大切な故郷。
そして、別の誰かにとっての、
大切な思い出の地。
今日は、余りに空が、
青くて綺麗だから。
俺は思わず、
今の俺の日常を、
全てかなぐり捨てて、
自転車に乗って、
山を超えて、
知らない街まで、
走って行ってしまいたい…。
そんな気分になる。
だけど。解ってる。
俺が本当に行きたいのは、
山の向こうの街じゃなくて、
貴方のいる、
空の上なんだって。
貴方に会いに行きたい。
何処までも蒼い空の、
ずっとずっと上まで。
自転車に乗って、
貴方を探しに行きたいんだ。
心の健康
身体に痛い所は有りません。
怪我はしていません。
湿疹も有りません。
身体に怠い所は有りません。
熱は有りません。
咳や鼻水も出ません。
身体に違和感は有りません。
目眩も頭痛も有りません。
寒気も有りません。
お腹は痛く有りません。
吐き気も有りませんし、
お腹を壊したりもしていません。
なのに。
何だか元気が出ないのです。
身体は健康なのに、
心は健康ではないみたいです。
心の健康は、
どうしたら手に入るのですか?
お願いです。
私の手を握っていて下さい。
ずっと私の側に居ると言って下さい。
私を見捨てないで下さい。
私は、貴方無しでは、
生きられないのですから…。
君の奏でる音楽
音楽を聞くのが好きだった。
所謂、クラシックって言われる曲。
でも、オーケストラとか、
立派なものじゃなくて、
バイオリンとかピアノとかの、
ソロ演奏が特に好きだった。
そう。
私は音楽を聞くことが、
好き『だった』。
今は、音楽を聞かなくなった。
だって。音楽を聞くと、
私の元を去ってしまった、
君との思い出を、
思い出しちゃうから。
音楽を聞く事だけでなく、
奏でる事も好きだった、君。
私は、君が奏でる音楽も、
音楽を奏でる君も、
本当に、本当に、好きだったんだ。
もう一度。
君の奏でる音楽が聞きたい。
君と私が恋人だったあの頃みたいに。
私だけの為に、君が奏でる音楽が。
麦わら帽子
ある夏の日。
久しぶりに見かけた、
麦わら帽子を被った幼子。
最早、麦わら帽子は、
過去の遺物なのでしょうか。
街中で見掛ける機会は、
殆ど無くなりました。
私が幼い頃は、
夏になると良く見かけた、
夏の風物詩、麦わら帽子。
私が幼い日に被っていたのは、
所々、解れのある、
飾り気の無い麦わら帽子。
夏の陽射しを避けるには、
余りに頼りなくも、
懐かしい、そのシルエット。
思い出すと、何だか、
悲しくなるのは、何故でしょう?
大人になった今。
麦わら帽子を被って、
夏の太陽の下で、
一日中、虫を追い回すには、
私は余りに擦れてしまいました。
麦わら帽子が似合った、あの頃。
帰りたくても帰れない、
懐かしい故郷。遠い記憶。
終点
もう、逃げ場はない。
これで、終わりだ。
オレが進んできた道は、
此処で途絶えていた。
これ以上進むことの出来ない、
終点だ。
こんな塵屑みたいな運命から、
何とか逃げ出そうと思って。
必死に走って来たけど、
ここまで、か。
肚を括って、目を閉じる。
最早、ジタバタするのは、
格好悪いから、と。
最後の最後迄、お得意の痩せ我慢。
その時。誰かの声がした。
最後迄諦めるな、
ここが終点なんて、誰が決めた?
と。
前が行き止まりでも、
地面の下や空の上には、
未だ道があるかも知れない。
オレは足元を見詰めた。
さっきの声の主に会う為に、
オレはもうちょっと、
見苦しく足掻いてみようか。