子供の頃は
子供の頃は、
貴方が好きだよ、と、
あんなに素直に言えたのに。
内気で弱虫な私を手を、
何時でも引いてくれていた貴方は、
ずっと私の憧れでした。
でも、大人になると、
本当の気持ちを、
はっきりと言えなくて。
貴方は変わらず私に、
笑顔を向けてくれたのに、
私は頬を染めて俯くばかり。
子供の頃は言えた言葉を、
大人になってから、
改めて貴方に伝えたくて。
でも、言えなくて。
もしも。貴方が昔と変わらず、
私に微笑みかけてくれるなら、
私は、貴方に伝えましょう。
今でも変わらず、貴方が好きですよ、と。
日常
朝起きて、身支度を整え、
皆に挨拶して、朝御飯を食べる。
仕事をして、昼御飯を食べて、
また仕事をして。
仕事が終わり、束の間の自由時間。
晩御飯を食べ、入浴し、
寝支度を整え、眠りに就く。
繰り返される、何気ない日常。
貴方が生きている時から、
代わり映えのない、日々の生活。
貴方が俺の側に居たときは、
単調な日常も、楽しかったのに。
貴方が居なくなっただけで、
こんなにも、色褪せてしまうなんて。
貴方がいる頃には、想像出来なかった。
大切な人が居てくれるから、
日常は愛おしいのだと、
貴方を亡くしてから気付くなんて、
俺はなんて、愚かだったのだろう。
好きな色
世の中の大きな流れには逆らえず、
気付けば、濁流に飲み込まれ、
必死に藻掻いても、
苦しみながら溺れ、沈み行く。
どちらが水面なのか分からず、
水に混ざる泡と波に光が拡散し、
何処も彼処もキラキラとして。
やがて、暗転していく。
黒…黒…。
闇の色。
意識が遠退く俺の目に、
見えるものは…全てモノトーン。
俺の人生なんて、
常に時勢の濁流の中で、
溺れているに等しい。
そんな俺の生きる世界に、
色なんて代物は、最早…ない。
こんな俺が、未だに好きな色。
昔、好きだった深紅の薔薇の、
その紅さだけが、
俺の記憶に留まっている、
数少ない幸せな思い出の欠片だ。
あなたがいたから
貴方に出会う迄、
私は、人の形をした武器でした。
物心の付いた時には既に、
親の無かった私は、
使い捨ての兵士にする為に、
生かされ、育てられました。
貴方に出会う迄、
私は、人の形をした獣でした。
私を人間兵器として扱う輩から、
何とか逃げ出したけれど、
私は、人間のコミュニティには入れず、
人目を避け、山の中で暮らしました。
でも、貴方は。
こんな私に、優しく手を差し伸べ、
人間の世界に戻してくれたのです。
貴方が居たから、私は、
人間になれた。
貴方が居たから、私は、
人間で居られる。
そう。今の私には。
貴方は私の全て。
貴方さえ居てくれれば、
他には何も…要らないのです。
相合傘
彼と出掛ける約束をしていた日曜日。
天気予報は、曇り所により雨。
こんな天気予報の日に出掛けるのなら、
傘を持って行くべきか、と思い、
折り畳み傘を鞄に忍ばせました。
鉛色の厚い雲は、空を覆い尽くし、
大きな雨粒が、バタバタと、
音を立てて落ちて来ました。
私達は軒先に逃げ込みました。
見上げても、空は暗く雲は厚く。
雨が止む気配は全くありません。
私は、折り畳み傘を持っていましたが、
彼は、傘が無い、と。
ならば、と。
私は、彼に自分の折り畳み傘を手渡し、
一人、雨の中へ駆け出しました。
雨の中、一人びしょ濡れで走る私は、
相合傘の二人連れとすれ違いました。
仲睦まじく、一つの傘に、
身を寄せ合っている二人…。
幸せそうな、相合傘。
相合傘なんて。
私には望むべくも無いのです。
今の私には。
私の傘で、彼が濡れずに済む。
それだけで十分なのです。