無色の世界
先生の腹部から、赤い液体が、
大量に流れ出していました。
その赤い液体は、灰白色の石造りの床を、
赤に染めていきました。
先生は、私の目の前で、床に崩れ落ちました。
私の手には、ナイフが握られていましたが、
そのナイフもまた、赤い液体に塗れていました。
床に臥した先生は、それでも、
何時に無く青白い顔で、
私に、力無く微笑みかけてくれました。
私は、斃れた先生の元に跪き、
そっと、震える手を伸ばしました。
その私の手も、赤に塗れていました。
私が先生を、苦しみのない世界へ
連れていきます。
そこは、無色の世界。
その赤い色を全て捨ててしまえば、
辿り着ける場所。
だから、怖がらないで下さい。
先生の腹部から流れる赤い液体は、
先生の手を、服を、床を、
止め処なく、朱に染めていきます。
先生の息は、次第に細くなり、
その瞳が閉じられました。
気が付けば、
先程迄先生を汚していた赤い液体は、
色を失くしていました。
次第に、周りの景色も、
少しずつ、色を失っていきます。
そして、私は、無色の世界へと、
堕ちていきました。
桜散る
今年こそ、君と一緒に桜を見たかったのに。
それを君に伝える事は…出来なかったな。
今度の休みに、一緒に桜を見に行かない?
以前は、簡単に言えた、
こんな飾り気もない単純な誘い文句も、
今の私には、君に伝える事が出来なくて。
もう遠い昔になってしまった、
君と一緒に桜を眺めた記憶と共に、
眼の前で散りゆく桜を、独りで眺めてる。
桜は散る時も美しい。
君が未だ私の隣に居てくれた頃。
君はそう言って、散りゆく桜を、
少しだけ淋しげな顔をして眺めていたね。
枯葉が落ち、生命の灯火が消え逝く、
晩秋の景色を愛した君らしい言葉だと、
その横顔と共に、今でも良く覚えてる。
桜散る。
君への想いも、未練も、恋慕も。
もう一度、一緒に桜を見たいという、
小さな希望さえ。
君に、何一つ言えないうちに、
今年の春も、舞い散る桜の花弁と共に、
終わりを告げる。
夢見る心
何時目覚めるとも知れぬ、
長い眠りに就く貴方。
食べ物を口にする事も無く、
呼び掛けにも応じる事も無く、
ただ、
その、機械的に動き続ける心臓と、
辛うじて保つ、僅かな温もりだけが、
貴方が生きている証。
…貴方が目を覚ましたら。
そんな事を、夢見る心さえ、
失いそうなる、長い長い時。
貴方は静かに眠り続けて…。
長い眠りの中の貴方は、
夢を見ているのでしょうか?
もし、貴方に、
未だ、夢見る心があるのであれば、
どうか…幸せな夢を見ていて欲しい。
そう願っています。
貴方が眠るベッドの脇で、
私は今日も、貴方の目覚める日を、
待っています。
届かぬ想い
もう君は、
私を見てはくれないだろう。
良かれと思ってした事で、
私は、君を怒らせてしまった。
でも、君と喧嘩をしたって、
直ぐに仲直り出来るだろうと、
高を括っていた。
でも、君は。
私を赦しては、くれなかった。
言い訳をするチャンスさえ、
与えてはくれなかった。
今でも。
私は、今でも君を見詰めているのに、
君は、私と目を合わせてくれない。
もう二度と、触れる事も、笑い合う事も、
言葉を交わす事さえ、出来ないのだと、
胸の痛みに堪え、君の背中を見送る。
届かぬ想い。
恐らく…永遠に。
それでも、私は。
君の事を、ずっとずっと愛してる。
神様へ
人の生命を奪う事でしか、
生きる事が出来なかった日々。
そんな地獄の様な世界から抜け出し、
罪悪感に苦しみ、贖罪の術を探して。
そんな、先の見えない闇の中で、
漸く、見付けた…。
私の生きる希望。
キラキラと輝く魂を持った貴方は、
私には眩し過ぎました。
でも、貴方の笑顔を見ているだけで、
私は救われた気がして居たのです。
血に塗れ、穢れ切った私が、
神様へ祈る事が赦されるのであれば、
この命尽きるその瞬間迄、
貴方の幸せを祈りましょう。
………。
神様へ。
こんな魂さえ汚れた私ですが、
それでも、私の全てを捧げます。
ですから、どうか…。
私の大切なあの人に、
幸運を齎して下さい。