その水晶体が映す景色を
その硝子が結ぶ像を
その涙に反射する私を
淡い茶色の虹彩で
深い黒の瞳孔で
睫毛に触れる程近く
瞼の震えさえ感じる程近く、近く
私の涙腺を壊して
私の角膜に傷を付けて
もしも私が盲点にいるなら
視神経までを指に絡めて
脳を犯して狂わせて
貴方の網膜はもう私のもの
よどみない貴方の瞳の中
視線の先には、
私の涙に反射する貴方がいて。
#視線の先には
私だけの幸せ
本をめくるときの紙の匂い
私だけの喜び
久しぶりに見ても散っていない花
私だけのときめき
街角で目が合うぬいぐるみ
私だけのドキドキ
車と先を譲り合う曲がり角
私だけのモヤモヤ
四隅まで裂いた飴の袋
私だけの悲しみ
カメラを構えると逃げる野良猫
私だけの憂鬱
傘をさすか迷う小雨
私だけの寂しさ
夕方のチャイムを届ける風
私だけの秘密
きっとどこかの誰かもそうだよと笑う貴方
私だけの貴方
どこかの誰かを知らなかった私に
世界は広いと教えてくれた人
#私だけ
今日は海の日
うららかな夏の日だった
髪を乱す風が心地良かった
身体は透明に染められた
このまま私の何もかもを
吹き飛ばして、攫っていってよ
鳥になって高く飛翔する
縛られない自由を夢見る
風をとらえた翼をはためかせる
髪を解きたくなったの
なびく黒に櫛はいらない
人魚姫は、泡になって消えるんだっけ
最後は、風の精になるんだっけ
生まれ変わったら人魚になりたいと思っていた
そんな頃もあったな
私は泳ぐのが下手だった
泡沫に溶けたかった
潮が出迎えてくれた
口をひらけば涙の味
きっとたくさんの人が
ここで泣いたのね
遠くなる水面に射し込んでくる
暑い暑い夏の光が
人生で一番美しい景色だった
今日は、海の日。
#終わりにしよう
指の長いあなたのつくる
キツネさん
爪の長いわたしのつくる
つばめさん
ひらひら、ひらひら
つばめを飛ばす
コンコン、コンコン
キツネは探す
つかまえた!とあなたは笑った
捕らえられたつばめはキツネのとりこ
街灯のした
ふたりだけの影遊びはおしまい
キツネはもう、つばめを離さない
寒いね、帰ろうか
ポケットの中は巣みたいに暖かい
#手を取り合って
どんぐりの背比べだねと笑われて
「そんなわけない」が喉に詰まって
返したおかしな愛想笑い
初めて気付いた
ずっと甘い優越感を食べた口で
あなたと話していたこと
私と同じだねと笑ってくれる
隣を歩くあなたの顔は見えない
今まで私のお腹を満たしてくれるものは
あなたの笑顔と優しさだと信じていた
今になって虫歯が疼きだす
劣等感が私の白を蝕む
痛くて痛くて
たった「ごめんね」のためにさえ
口をひらけない
あなたの笑顔はずっと眩しい
あなたの優しさはずっと温かい
でもあなたは私みたいにはなれない
あなたと私は同じじゃない
痛い
私はあなたにはなれない
#優越感、劣等感