夏子

Open App
12/19/2024, 2:14:01 PM

もうすぐ今年も終わる…

春先から今まで、叔母·従姉妹·友人
·知人·ご近所さん…

知ってるだけで6人の方々が亡くなった
一番最近に知らされたのは従姉妹…

花が大好きで、お料理が得意で…
性格も良くて、気遣いも完璧で…

こんな人を、非の打ち所がないって 
言うんだろうなぁ

ホントに大好きだった…
人は自分で寿命を決めて生まれてくると
聞いた事がある

ならば、彼女は自分で決めたスケジュール
に従い帰って行っただけ…

……そうだ…悲しむ事はない
しかし…夜中にふと思い出すんだよなぁ

寂しさを消し去るにはまだまだ時間が
掛かりそうだ

今流行りの家族葬で、お別れもしてない
腑に落ちない気持ちはあるけれど…
これも、時代の流れで致し方ない

さあ…私にはまだまだやらねばならぬ 
人生の課題が山積みのようだ

だから見ていて…
泣き言は言わない…私の決めたラストの
時が来たら、また笑って会おうね

12/18/2024, 10:07:07 PM

「これやるよ!」

緑色の手袋…
大好きだった人からもらった手袋

学校に行く時はもちろん…
授業中も制服のポケットに入れて
時々触れた…

気持ちが温かいと、ただの手袋が
まるでカイロみたいに温かく感じた

作業用みたいな色つき手袋は
おしゃれとは程遠かったけれど
冬は一緒に何年も過ごした

月日は流れ…
大好きだった人とは結局、縁がなく
片思いで終わった

一度で良いから、緑色の手袋を付けて
手を繋ぎ貴方の隣を歩きたかったなぁ…

また、寒い冬が来た…
思い出によく似た緑色の手袋
でも探してみようか…



12/17/2024, 2:04:25 PM

娘が2人いる
この前生まれたはずが…

気がつけば2人ともアラフォーに
手が届くような年齢に近づいている
だから、私もいい年になった…

今も、2人が生まれた瞬間の映像が
目を閉じると鮮明に現れてくる…

初めて抱いた事も…初めておっぱいを
あげた事も…まるで昨日の事のようだ

赤子と母親…幼女と母親…少女と母親
ず〜っと、私は娘を守るのが役目だった

人としての常識や振る舞い…
2人が社会に出て困らぬように…
一生懸命に教えた…

だから私は、いつも一歩前を歩き
盾になって生きてきた…

それが、いつの間にやら親子ではなく
女同士として、とりとめもない話を
いつまでもしていられるようになった

まさしく今は横並びなんだろう
ちゃんと成長してくれてありがたい…

今からどんどん、立場が変わっていく
のだろうか…2人はまだまだ変わる

私もどんどん変わる…守る存在から
守られる存在になっていくのだろうか
しかし…
なるべくならいつまでも横並びで話が
出来るよう精一杯頑張りたいと思う。













12/16/2024, 11:23:53 AM

夕方4時過ぎ…
自宅に向かい車を走らせていた

携帯の着信音が鳴った…
電話が鳴るとドキッとする

高齢の母に何かあったのかと咄嗟に
頭をよぎるからだ…

慌てて、コンビニの駐車場に入り
バッグから携帯を取り出し確認すると…

……なんだ…娘からか…
しかし、これはこれでまた違う不安が
脳裏をよぎる

「便りのないのは元気な証拠」
ホントに昔の人は理にかなった言葉を
残してくれている

「何なんだろう?」
一抹の不安の中、娘に電話を掛けた

「もしもし…どうかした?」
「……あのね、コロナにかかった」
「あ〜…そっか」と、私のアッサリした
返事に娘は拍子抜けしたようだ

賛否両論いろいろとご意見はあるだろうが
私の中では、コロナはただの「風邪」に
過ぎない…

娘も職業柄、病状をハッキリさせる必要が
あり、病院に行き検査をしたようだ

医師から「コロナですね、5日間休んで下さいね、でっ、薬要りますか?」

え〜!そんな感じ…
娘が質問した…「薬とは何を?」
「解熱剤と咳止めとかですかね」と医師

一瞬考えてから「家にあるからいいです」
そんな感じで帰宅…
今は、置き薬を飲んで温かくして寝てる
らしい…

インフルエンザなら、タミフルとか出されたりするんだろうが、若い娘がコロナに
掛かったら、結局は自力で治せ…

ねっ、コロナはただの風邪でしょ…
なのに、ただの風邪を全て五類にする
って法案が決まってる事知ってますか

風邪で大騒ぎしていったい何が目的やら
いい加減、目を覚ましましょうよ…

12/15/2024, 11:17:38 AM

私は南国育ちなので
今でこそ、雪の日なんて本当に
珍しいわけで…

けれど、幼い頃は今よりずっと寒くて
その上、家は山間部の田舎だったから
冬になると、ず〜っと雪が降り続けた

朝起きて縁側に向かうと、軒下まで
雪が積もって、ヤンチャな私は寝間着の
まま雪にダイブし、母親にこっぴどく
叱られた記憶がある

南国ながら、山の生活は北国と変わらなかった…かも知れない。
父が木でソリを作ってくれて、兄と一緒によく山肌を滑って遊んだりもした…

だから、幼い頃は「雪を待つ」と言う
気持ちはきっとあったと思う
ただ、いつも凍えた手は霜焼けが出来て
赤く腫れ、血が滲んで痒みと痛みで
長い冬は、その事だけは辛い思い出だ

今は、滅多と雪など降らないから
一冬に1〜2回降る雪が5センチ程
積もれば、皆パニックになって
身動きが取れなくなる…

振り返れば、5歳くらいの私の方が
今よりよほどたくましく、力強く生きて
いたと思える…




Next