夏子

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6/25/2024, 1:20:22 PM

家庭菜園とガーデニングが趣味な私は
今の季節は本当に忙しい…
水やりや花がら摘みで仕事は尽きない
しかし、「繊細な花」を育てる為には
夏の虫たちとも戦わなくてはならない。
つい先日もアシナガバチの逆襲にあった
植木の薄暗い根元に巣を作っていたのだ
不運にも根っこ周りの草に手を伸ばして
しまった!………チクッ!!
「痛!!やられた!」目の前に3匹の
ハチが現れた…私はハチアレルギーなのだ
こうなったら、花どころではない!
2年前にも刺されアナフィラキシーを起こした…
「次刺されたら死ぬよ」と医師からは厳重注意を言い渡されていた。
「ハチと死」は背中合わせなのだ。
結局、病院に走りまたまた点滴のお世話に
なった。
「死ぬよ」の言葉でパニックを起こしたが
九死に一生を得て帰宅した私が次に取った
行動は、やはり繊細な花のお世話の続き…
家族は力を合わせて懲りない私を守る為に
殺虫剤を片手にアシナガバチの巣に
いどんでいくのであった…
すみません…ご迷惑おかけしております。

6/24/2024, 8:34:32 PM

幼い頃は「1年後」の予定が立てやすい
1年生…2年生…3年生…
一日一日と時間が過ぎれば順調に次に
進んでいく…
その頃はまだまだ親の保護下に居るから
衣食住の心配もなく、ブツブツ文句を
言いながらでも幸せな時だ
けれど大人になるとそうはいかない…
今度は自分が周りを養い守る立場になる
毎日毎日大変なのだ…
今この時を必死に生きて、せいぜい予定は
1週間先を考えるのが関の山だ。
時々ふと考える…
仕事を辞めて毎日が日曜日だったらどんなに楽だろうか…なんて…
自分の好きな事だけをして暮らしていけたら幸せだろうなぁ…
「一年後」の予定が立てられるような
余裕のある人生を送りたいものだ…



6/23/2024, 11:45:12 AM

子供の頃は、とにかく両親が多忙でいつもバタバタと余裕なく生活をしていた。
今思えば二人はマイホームを購入しようと
我が子4人の先行きを考えながら
がむしゃらに働いていたようだ…
そんな訳で、兄ばかりで末っ子の私は
甘やかされる環境とは程遠かった…
自然と何でも自分でやり、人を頼らない
自立心の強い大人に育った…
自立心が強いと一見、何でも決めたり行動
したり良いようにも感じるが、実際は
甘えられない…弱音を吐けない…意地をはる…そんな感じになって結構辛い。
兄には「守ってやりたいタイプじゃない」と言われ…旦那には「女の仮面を被った男だ」とまで言われた…ww
自分がそんなイメージを周りに植え付けたのだから自業自得だが、ホントは甘えたい
弱音も吐きたい、頼りたい…
もうそろそろと「強い私」の鎧を脱いで
弱い私を出すタイミングを計らねば…

6/22/2024, 12:20:32 PM

私の「日常」は夕方5時前に施設にいる
母に電話をかける事…
日々の繰り返しはすでに5年を過ぎた。
365日×5年…約1800日だ。
「よくそんなに毎日電話を掛けられるね」
知人は、やや呆れ顔で私に言った…
「マザコンなの?」そんな感じの言葉を
言われた事もある…
毎日電話をかけ続ける私の「日常」は
マザコンでも執着でもない…
根底にあるのはやはり「感謝」だ。
両親が頑張ってくれたから今の私がいる。
年老いて体も思うように動かなくなるし、認知機能も落ちる。
その不安感はその年にならなければ
本当の意味でわからないと思う。
今私が出来る事は、母に寄り添う事だ
「親孝行したい時には親はなし…」
昔からの言い伝えには深い意味がある。
母が生きている限り私の日常は続くだろう

6/21/2024, 12:23:28 PM

高校生の頃、白黒のモノトーンの
服が流行ってた…
夏休みに県外の叔母の家に行く事になり「好きな服買って来なさい」と
母からお許しを得て親友と一緒に
服を探しに行った。
ワクワクしながらお出かけ用の服を探して
私はすぐにモノトーンのワンピースを見つけた…
当時、私が「好きな色」だった。
楽しいおしゃべりとショッピングで 
夕方に親友と別れて帰路についた。
「ただいま〜!良い服見つけた!」と
母に報告する為に袋から出した。
「何?その地味な服は…」
「今、流行ってるんだよ〜」と私…
次の瞬間!「ダメ!絶対ダメ!」と母。
しばらく押し問答が続いた後…
「わかった…明日取り替えてくる」と
私が折れた…悲しかった…
次の日、母同伴で買い替えた服は
パステルカラーの可愛らしいワンピース
母ご満悦…私は…無言
そのせいなのか、私は今もピンクは着ない

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