「誰よりもずっと私は苦労症だ…」
確か、一番最初に投稿した初めの1行だ
ここに来て、自分の人生を振り返る
良い機会になっている…
子供時代…青春時代…社会人…そして今
その時々のアクシデントが目白押しだ…
なかなかスリルがある人生だ…
そして、どの時代も当時はジタバタと
…もがき…なげき…苦しかった…
けれど、結局は全部過去だ…
過ぎ去れば、傷も癒えて心も回復し笑って
話しが出来るまでに変化していく…
そして、その都度ハガネの心を手に入れる
良い意味で、どうでもよくなるのだ。
人間(私)とは、随分としぶとい生き物だ…
大きな嵐がきて、ボロボロになったとしてもまたちゃんと立っている。
まさしく…「降り止まない雨」はないを
実体験し、色々な経験を積み重ねている
明日という新しい日は、私に何を見せて
くれるのだろうか…
2回目の子育てをしている…
娘が双子を連れて帰ってきたのは1歳の誕生日前だった…
双子は男の子で、1人は難病と障害を抱えて生まれてきた
本来なら夫婦揃ってこの大きな困難に立ち向かうはずが父親はあっさり裏切った…
我が子より他の楽しい事に逃げたのだ。
「あんな男顔も見たくない…」
ごもっともだ…私も同感だった。
共に生きる価値などない…だから私が腹をくくった…「一緒に育てよう!」
しかし仕事をしながらの現実は、想像を絶する忙しさ…2回倒れ救急車で運ばれた。
今、双子は小学生になった…
1人は活発で元気で明るい、難病を持って生まれた子も生きていく為に毎日頑張って
リハビリと勉強をしてやんちゃに育っている…
「あの頃の私へ」メッセージを送ろう。
英断だったと思ってるよね…今の経験は、貴方の財産だ…だから素直に運命に従い肩の力を抜いて楽しく生きて行こうよ…
人生は修行だ…
だから、7割位は試練だと思う。
「無理だぁ〜」と逃げても次に必ず
同じ様なアクシデントが待っている。
私は、人生の負荷がかなり強いので
平和で穏やかに時間が流れていても
「こんなんで終わるはずないよね…」
って、しばらくしたらまた試練が来ると
思って生きてきた…
それくらい、色々あったと言う事だ。
実際に次々と事は起こるし、時には
想像以上にきつかったりする。
実は、まさしく今がそんな感じだ…
詳しくは言わないが、人様から見たら
「お気の毒に…」「大変だね〜」って
間違いなくそんな哀れみの目で
見られるだろう…
「逃れられない」そんな重い現実と
日々向き合って戦っている…
けれど、私は決して不幸ではない。
何故って、経験は宝だと思っているからだ
この心境に到達するまでは正直苦しかったし…まさしくもがいた…
一番大変な山は越えたのか…今は不思議と
精神が穏やかになった。
この経験を誰かの為に役立てられたら
それこそ修行の賜物だと言うことだ…
だから、諦めない…強くなる。
「また明日ね〜!」
元気な声が飛び交う…
しばらくすると、ランドセルやカバンを
持ったエネルギーの塊みたいな子供が
私の方へ一足一足と近づいて来る。
「おかえり〜!」
別に我が子ではないが地域の子供は
みんなの子みたいな感覚で当たり前に声掛けをする…
「さようなら」ちょっと恥ずかしそうに
頭を下げながら通り過ぎて行く…
平和な日常の繰り返し…「また明日」の
風景なのだ……しかしこれは過去。
今は、少子高齢化…子供なんているのか?
学童保育のありがたいシステムで
歩いて帰る子もほとんどいなくなった…
朝は親が出勤のついでに、学校近くまで
車に乗せて行く…我が家も例外ではない。
歩かないから足腰が弱り、外遊びもせず
ゲームにスマホで体力もない…
ほとんどを室内で過ごし冒険もしない…
確かに安全ではあろうが、構い過ぎて
「超過保護」に育っていく子供たち…
「日本弱体化」そんな言葉も耳にする
世の中はこのまま進み続けて、どんな未来が待っているのか、何が正解なのか?
今の私にはまだわからない…
身近で「透明」と言えばやっぱり「水」
私の住んでいる場所は、全国の名水百選
に選ばれた川がすぐ近くに流れている。
以前、自宅用の浄水器を売り込みに来た
販売員さんとのやり取り…
言葉巧みに「少しご自宅の水を下さい」
そう言って、2つのコップに水を入れた。
1つは持ち込みのキレイに浄水された水
後1つは、我が家の水…
「色々な必要ない成分が混ざっていると
紫色に変わります」
予定通り持ち込みの水に試験薬を1滴
「無色透明でしょ〜!綺麗な水なんです」
さてさて次はと…我が家の水の番
……1滴…2滴…3滴…
「あれ?おかしいなぁ…そんなハズはない」……しばし固まって出た答え…
「奥さん、ここの水はこのままで大丈夫です!」何滴たらしても「無色透明」
苦笑いしながら、「こんな綺麗な水見たことないです」と…
結果…水質がバツグンに良かったと証明
してもらう形で営業マンは帰宅…
申し訳ないけど、心から「ありがとう〜」
とお礼を言って見送った私でした。