仏教用語としての刹那は、人を含む世の中のすべてが、その短い時間のなかで生死や物事も含めて千変万化していることを表現する言葉です。 また、刹那の瞬間のなかで人間の意識が生成と消滅を繰り返すという考え方もあるといわれています。
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上記は、「刹那」の意味を調べてみました。正直…難しい言葉でわかりませんでした。口にしたり使っていても深いところの意味はよくわからなかったりします。
まだまだ、知らない事は沢山あります。
「短い時間のなかで…」のくだりでなる程と、素直に感じられ今日は勉強させて頂きました。
生きる意味とは…沢山の経験を積む事。
私は肉体と魂は、車と運転手との関係だと思っている。だから、上手く乗りこなさないと事故を起こす。
時々は、横道に入ってちゃんと休憩もとった方が良い…
ただ、がむしゃらに走り続けてはダメ…
立ち止まってちゃんと周りを見て、行き先も良く考えて決める。人生の色々な出来事を繰り返す事で、きっと1日1日と運転は上手くなる…
私は、2度死にかけた。その時幽体離脱なる経験もした。だから、身体と魂は別物だと思った。生死をさまよう…これもまた私には必要な体験だったのだろう。
生かされている…1つでも多く学んで魂を磨く…一瞬一瞬に生きる意味がある。
まだまだ先は長いけれど私は上手く運転が出来ているだろうか…
人生、因果応報とはよく聞く話。
けれど、最近では戒めではなく当たり前に納得出来る…
「善悪」とは「良悪…よしあし」とも言うらしい。難しい事はわからないけれど、簡単に解釈すれば「背中合わせの裏表」って感じだろうか…
良い事をすれば幸せに、悪い事をすれば
痛い目にあうと…だから、なるべく良い種を沢山蒔いておくほうが我が身の為…
その方が周りも幸せになり、結果自分も幸せになれる…善悪=因果応報だと思うから…
今まで流れ星を見たのは、2〜3回位。
必死に願い事を言おうと頑張った時もあったが、慌て過ぎて上手く口が回らない…
その上、言いたい事の要点もまとまらないし、結局は「あ〜!」って言ってる間に消える。
ある時は、獅子座流星群なる天体ショーに
望みを託そうとしたが、眠気に負けて気がついたらしっかり朝だった。
そんな調子よく「流れ星に願いを」なんて実現はしない。星に願う暇があったら自分で行動する方が早い(笑)
規則だらけの中で生きてきたのだから今更ルールと言われても…??
じっと考えていた時に、我が家の小学生が私の隣に座り「家のルールを決めよう」っていきなり言い出した。「何で?」
今日のお題を知るはずもない…
偶然にしてはタイミングが良すぎる。
こりゃ、「以心伝心」ってやつか?
だから有り難く、「じゃ、考えて」って言ったらこんなルールを書いてくれた。
①一階のトイレのスリッパを揃える。
②二階のトイレのスリッパを揃える。
得意そうに私に発表すると、すぐトイレのドアに貼り付けに行った。
考えすぎない…この素直でまっすぐな気持ちに今日は助けられた。
純粋な心で決めたルール守らないとね。
それにしても不思議だ…何でわかった?