毒素

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11/29/2023, 11:49:30 AM

2日目;冬のはじまり

 ことしもまた、一週間だけ訪れる「季節はずれの冬」が始まった。
 あたしの誕生日には、毎年毎年、雪が降る。まっしろで、悲しみをさそう白いふゆの妖精が。

「ごめんなさい、にいさん」

 五度目の、懺悔。降り積もった白く冷たい雪に両膝を埋めて、両手を絡め、目をつぶる。両目を伝う涙は、すぐに冷やされ雪にシミをつくった。

 あたしの誕生日は、双子のにいさんの誕生日でもある。そして、命日でも。

 あたしが殺した。あたしがにいさんの未来を消したの。このことを知っているひとはみんな、あたしを悪くないって言う。悪いに、決まってるのに。

 宝石飼いの一族。魔法使いは数百年まえには、ほとんどみんないなくなっちゃった。魔法が使えるのは人と敵対する魔物と、魔力の宿る宝石、魔石が生まれつき皮膚に埋め込まれて生まれるあたしたちの一族だけ。生まれてすぐに言語を理解して自我を持つのも、あたしたちの一族だけ。
 あたしたちは魔石を砕いて魔法を使う。それで、魔石を全部使っちゃったらあたしたちは死ぬ。

 あたしは、魔石を多く持って生まれた。それも、高密度な魔力を宿した魔石を。だから、生まれてすぐに魔力の制御ができずに暴走した。暴走して、魔石を壊して、にいさんの魔石をも砕いて殺した。

 にいさんの魔石は、たったの一個だけだったから。

 あたし、しってるよ。
 にいさんを双子の妹のあたしが殺したから、次にまたお母さんがお腹に宿したのが双子だって聞いて、怯えて泣いたこと。お母さんよりも非力なお父さんが頼もしくあろうと気丈に振る舞ってたこと。
 事故のようなものだ、シェリーは悪くない、誰も悪くないんだ、とあたしに言い聞かせたお父さんの手が震えて、目に水の膜を貼っていたこと。
 生まれてすぐのにいさんが、あたしを責めなかったのも……しってる。

 この国がすき。あたしは元々明るい性格。家族がだいすき。だから、あたしは。許されなくても、嘘で武装して生きるの。

 あたしは、だれかのきぼうにならなくちゃ。


「……そこの、きみ。こんな日にそんな小さな体で出歩くのは、危険」

 途端にじんわりと感覚の戻った四肢。顔を上げれば、幻影のような青いツノ、積もる雪の上を滑る長い黒髪、そして黒から疎に現れる夜空の色が印象的なおんなのひとが、立っていた。

 気づけば見慣れない木製の小屋の中にいて、白い世界からあたしは隠されていた。

 このひととの出会いが、あたしの。あたしたちの、結末を変えたの。

11/28/2023, 1:33:18 PM

1日目テーマ;終わらせないで

満天の星。唯一の友を失った私に与えられたのは、いっそ憎たらしく感じられるほどに美しい夜空だった。

彼女と屋敷を抜け出した夜、昼間の大雨に濡らされたままの森、その草原に自分たちが濡れるのも構わず横になって星座を眺めたのは何年前の話だったか。月、そして星々の柔い光に照らされる草花で冠を作ったのはどの夜だったか。
呪われた私を「月の魔女」と呼び、隣にいてくれた彼女を失った私は、どう生きればいいのだろうか。

逞しく優しい少女。私よりこの世界に生きている年数は短いのに、私に手を差し伸べ導いてくれた少女。身体に魔石が埋め込まれ、それが寿命の物差しとなる種族、宝石飼いの一族。その一族の生まれである彼女は、人に囚われ生きる私に世界を教えてくれた。
魔法使いと宝石飼いの一族の両親を持つ忌み嫌われた混血。中途半端な存在である私の手を引き森に連れ出し「君の好きに生きなくちゃもったいないだろう?」と笑った彼女。今でも忘れられない出会いの記憶。

主人の元から逃亡し、世界中を歩き回った。
時には美味しいものを食べ、時には面白い芸を見て、時には仕事を受け、時にはトラブルに巻き込まれて。
そろそろ主人に見つかってしまうだろうか。そう彼女が瞳を曇らせ隠居を提案してきた頃だった。

宝石飼いの一族。身体に埋まった魔石を代償として砕き魔法を使用できるその一族は、裏では高値の奴隷としても取引されていた。そんな仲間が裏路地に連れていかれるのを見た彼女は、彼らを解放しようとして、自爆で身を滅ぼした。

私が、昼間に普段よりも多い魔力を使っていなければ、きっと彼女も死ぬことはなかった。
奴隷たちを転移させ、最後の最後で魔力が尽きなければ。彼女が私を囮に逃げてくれれば。

「どうして、魔力を持って生まれたボクらは魔法を綺麗な形で使っちゃダメなんだろうね」

初めて見た、泣きながら諦めを見せる彼女の顔。数刻前に、私が見た彼女の最期の表情。
彼女の身が爆ぜるのと、私が奴隷たちのいる彼女と出会った森に転移させられたのは、一瞬の差は生じたがほぼ同時だった。

夢のような時間は終わりを迎える。呪われた血の魔女。魔物と同じ青い血液が全身に巡る私は、どうしたって世界に溶け込むことができない。呪いのせいにして、避けて避けて避けて。彼女に甘え縋って。その結果、彼女は、最愛の友は命を砕いた。

強く噛み締めた唇から伝う青。どんな原理なのか黒い髪の一部が疎らに夜空の輝きを真似て放つ青。
彼女のいない世界で、私はもう生きたくない。けれど、彼女が生まれ変わり再びこの世に生を受けるのなら。彼女が、涙を流すことのない世界にしていたい。
まだ、終われない。終わってはいけない。ああ、だから、お願い。重ねる贖罪の中で、どうか、どうか。呪われた私の身体で、きみを救いたかったと後悔させ続けて。