【君は今】
君は今、どうしているのだろうか。
回らない頭で、あの子の行く末を願う。
出会って数時間だけど、とある共通点が私たちを強い信頼で結び付けてくれた。
それは、【殺人鬼の被害者】。
残酷な方法で殺されるために、私とあの子は誘拐された。
アーティストと名乗るイカれた狂人、奴と同じ空間にいるのはごめんだ。
どうせこのまま死を待つならと、あの子と共に脱出を試みた。
あと少しというタイミングで奴が帰ってきてしまったけれど、あの子だけでも逃がせて満足している。
「可哀想に。大人しくしてくれたら、もう少しだけ生を楽しめたのにな」
注目はこちらに向いている。
あの子はきっと大丈夫。
警察か親に助けを求められるはずだ。
まぁ、間に合うかわからないけれど。
「さぁ、素敵な悲鳴をあげてくれ」
奴がナタを振り下ろす。
やめてくれ。
このままだと死が訪れる。
奴に。
「なんだその姿は……」
その目に映っているのは私。
ヒトの姿とかけ離れたバケモノ。
あの子を逃がせなかったら、この姿になれなかった。
素敵な悲鳴をあげるのは、私ではない。
すぐに噛み砕いたから、これ以上は聞けないけれど。
あとは、警察が来る前に元の姿に戻るだけ。
「おねーさん、ぶじ?」
下の階から、幼い声が聞こえる。
君は今、どうしているの?
どこまで逃げているの?
まさが戻ってきてないよね?
目の前の扉のドアノブが、大きな音を立てて回った。
雨が降り始めた。
今日は1日中晴れだったはずなのに。
こんな日に限って折り畳み傘がカバンにない。
仕方が無いので近くの喫茶店に避難することにした。
「おまたせしました」
注文したのはこの喫茶店のおすすめ、ソーダフロート。
アニメでしか見たことないぐらい鮮やかな青はまるで晴天の青空のよう。
だとしたら、上に乗っているバニラアイスは雲だろうか。
今の雨模様と同じぐらい暗くなっていた感情に晴れ間が差す。
じっとグラスの中の青空を見つめていると、視線の先にいた店長らしきおじいちゃんが微笑んでいる。
我に返って恥ずかしくなり、急いでソーダフロートに口をつけた。
雨雲なんて、さっさと空に溶けてくれたらいいのに。
グラスの中の青空をもっと大きな空で見せてくれ。
綺麗な青を待ちわびながら、ソーダの味と雨音に心を傾けた。
どうしても…。
言いたくて仕方がない。
さっきの昼食中に気づいたことだし、相手にとって問題ないだろうから指摘しなくてもいいだろう。
むしろ恥ずかしい思いをさせる。
指摘しない方がいい。
でも、どうしても言いたくて仕方がない。
「ねぇ……」
「どうかした?」
相手から、マスク越しのくぐもった声が聴こえる。
「さっきおにぎり食べてたよね」
「そうだね」
「……歯に海苔ついてるよ」
静寂がこの場を支配する。
やっぱり、マスクを着けているし言うべきじゃなかった。