子供の頃に、私は大きな傷を負ってしまった。
痛くて痛くて、ずっと泣いていた。でも、誰も気づいてくれなかった。
そのまま大人になっていくにつれて、あの時どこかに、成長するためのピースを落としてきてしまったのかもしれないと、考えるようになった。でも落としたものを見つけるなんてできないし、複製するなんてこともできない。だから見ないふりをした。その時、きっとたぶんもう一つのピースを落としてしまったのだと思う。
今も、時々歯抜けの穴から子供の私が見え隠れする。
朝起きて日光を浴びる。
朝食を食べて、若干ばたばたしながら最寄り駅へ向かう。
昼食には、ちょっと贅沢をしてコンビニの高くて美味しい飲み物を買う。
夕方、西日の中で眠気と戦いながら、最寄り駅を寝過ごしてしまわないよう気をつける。
まだ、貴方を喪ってしまった悲しみは癒えないけれど。
日々日常を繰り返していくうちに、ようやく分かってきた。
強くなるとは、これを何百回も何千回も何万回も繰り返していくことなのだと。
ほら、見てごらん。色々な色の花が咲いている。
青い花は、誰かが押し殺した悲しみで咲いた花。
紅い花は、誰かが押し殺した怒りで咲いた花。
緑の花は、誰かの優しい嘘で咲いた花。
ピンクの花は、誰かが誰かを思って咲いた花。
紫の花は、誰かの誇り高い思いで咲いた花。
私の好きな色の花?
苦しくても前を向こうとする思いで咲く、黄色の花。
貴方がいたから、私はこうやって生きてこれたの。
貴方がいたから、このクズな世界を愛してみようと思えたの。
貴方がいたから、下らないと思っていた感情に振り回されてもいいと思えたの。
私の乱れた髪を、そっと撫でてくれた貴方の手が恋しくてたまらないの。あの時と同じくらいに髪を乱れさせてるのに、貴方の撫でてくれる手の温かみは一向に感じないの。
だめなの。だめになっちゃったの。ずっとずっと蹲ったまま、動けなくなっちゃったの。
「おめーマジでバカじゃん。今日雪降るってニュースで言ってたよ」
「誰が?」
「もりちゃんが」
「はいはいバカはあんたね」
横で幼馴染が、「もりちゃんは歴代お天気のお姉さんの中でもダントツで可愛いんだよ!」と騒いでいる。
ちくりとする胸と、沈んでしまう表情を隠すようにマフラーに顔を埋めた。彼は、お天気のお姉さんを可愛いと言っても、それ以上に近くにいる私のことは可愛いと言ってくれない。言ってもらっても苦しいだけだが。
彼はそういった"線引き"をさり気なくしてしまう人だ。だから私がたとえ勇気を出しても、もう既に「違うよ」と示されているから報われない。彼女もいないのに。
なのに時々、こうやって優しくしてくるから辛い。"線引き"をされるからこそ、彼からの優しさはただの情けだと感じる。
もう我慢できなかった私は、彼が持っている傘をはたき落とした。
「おい!何すんだよ!」
「ばっかじゃないの!私ら幼馴染なんだよ!何で相合傘なんかしてんのよ!」
「何でって、お前が傘忘れたからだろ?」
「気色悪い!ほんとばっかじゃないの!」
そのまま私は一人で走って帰った。
頭にかかる雪が冷たくて冷たくて、何度も頭を振った。
涙は頬で凍るなんてこともなく、重力にしたがって流れていった。