記憶の地図 後日書きます
「少し、息抜きしない?」
冬の夜中。23時を回った頃。湯気の上がるマグカップを僕に差し出しながら君は言った。僕は、リビングのソファに座り、目の前のローテーブルへ書類を広げて眉間にシワを寄せていたところだった。君からマグカップを受け取りながら、君の微笑みに、眉間のシワをほぐす。
書類はいったん纏めて、同じくマグカップを持っている君にソファのスペースを空ける。君は「ありがとう」と言って腰掛けた。
2人揃ってマグカップに口をつける。湯気をほわほわと上げる白い液体はホットミルクで、仄かなはちみつの香りと甘さが舌を撫ぜた。飲み込むと、温かさが胃の方へと落ちていき、身体全体がじんわり温まる感じがした。
「美味しい。ありがとう」
僕が言うと、君は「えへへ」と笑った。
「試験の準備、大変なの?」
テーブルの上で雑に纏められた書類を見て、君が言う。
「まあね。勉強も大変だけど、申し込むのにいろいろ作ったり取り寄せたりしなきゃいけないものが多いみたいで。でも、自分で受けるって決めたし、これに受かればお給料上がるし、頑張るだけの価値はあるよ」
「そっか。すごいな。応援してる」
君は目を細めて僕を見ていた。それになぜだか距離を感じて、僕は慌てて君の手を握った。君は目を見開いて、頬を染めた。
すぐ隣にいるのに、なんで遠く感じたんだろう。わからないけど、今の違和感はそのままにしちゃいけない気がした。
「いつも本当にありがとうね。君がこうやっていてくれるから僕は頑張れるんだよ」
思いついた言葉を率直に口にしてみる。君はまた目を細めて、今度は満面の笑顔で「どういたしまして」と言って笑った。
2人並んで、片手を繋ぎながら、もう片方の手でマグカップを傾ける。
ほっこりした温かさが、2人を包んでいた。
白いベッドの上に君が横たわっている。眠る姿は人形のようで、僕は怖くなって、君の頬を触った。あたたかい。君はまだここにいる。
君が家で倒れているのを発見されてからもう1ヶ月経った。お医者さんは、手は尽くしたと言っていた。後は君の気力の問題だと。
もしも君が目を覚まして、また笑ってくれるなら、僕は何だってするよ。良いことも悪いことも、何だってできるよ。
だから、目を覚ましてよ。
「ねえ、」
君の名前を呼ぶ。静かな病室に、僕の声と機械音だけが虚しく響いていた。
君だけのメロディ 後日書きます
雨音に包まれて 後日書きます