推しのライブのアンコール。
盛り上がりは最高潮。
もう最っっっ高に楽しくて、「時間よ止まれ!」って感じ。
でも、ついさっき、次のライブの予定が発表されたから、実際時間が止まっちゃったら困るんだよなー。またライブ行きたいもん。
ま、それくらい今が楽しくって、過ぎ去ってほしくないってこと!
こんな時間、あと何回過ごせるんだろうね。
もっといっぱい味わいたい!
こんな時間を過ごさせてくれる推し、バンザイ!
今日ここに来られたあたしにも、バンザイ!
明日からの仕事はしんどいけど、次の「時間よ止まれ!」って思えるくらいの瞬間のために、あたし、頑張るわ!
月曜日の朝、幼馴染で隣のクラスのユズから、メッセージが入った。
『熱でた。今日休む』
最近本格的に寒くなってきた上に乾燥していたから、風邪でも引いたのだろうか。いつも元気なユズには珍しいことだ。私は『そっか。お大事に』と返信した。
私はいつも通りの朝を過ごし、いつも通りに通学し、いつも通りに授業を受けた。そして、昼休みの時間がやってきた。
いつもお昼はユズと食べてる。いつも教室の後ろの扉からユズが顔を出して「カリンちゃーん!お昼行こ!」と声をかけてくる。私はその誘いに乗って、2人で中庭でお弁当を食べるのだ。
私はランチバッグを取り出して、いつも通り自分の席でユズを待とうとして……気づいた。あ、今日はユズお休みなんだっけ。
なんだか心がしょんぼりと萎んだ。クラスの友達の輪に入りに行ってもよかったけれど、どうもそういう気にもなれない。今日は1人で中庭で食べることにした。
中庭のベンチに座り、1人で座るベンチの広さを実感してため息を吐いていると、ユズから新着メッセージがあった。
『インフルだった…。今週いっぱい学校行けない(ToT)』
私はまたため息を吐いた。しばらく2人のお昼はお預けだ。
『インフルかぁ。ゆっくり休んでしっかり治すんだよ。お大事にね』
と返信し、またため息を吐きながらお弁当箱を開けた。1人で黙々とお弁当を食べる。なんだかいつもより味がしないような気がした。
次の日も、また次の日も、私は1人でお弁当を食べた。クラスの友達と食べる選択肢はなかった。めんどくさいとか、私が急に入っていったら友達に悪いかもとか、いろいろ言い訳は考えたけれど、結局のところ一番の理由はこの時間はいつもユズとの時間だったからだと気づいた。私にとって、他の友達と食べるのはしっくり来なかったのだ。
そんな感じで毎日過ごし、やっと金曜日がやってきて、過ぎ去っていった。
私が帰宅して制服から部屋着に着替えた頃、月曜日以来久しぶりにユズからメッセージが届いているのに気づいた。
『熱下がった!月曜日から学校行けるよ!会えるよ!』
メッセージの下には、バンザーイと両手を挙げて喜ぶスタンプがあった。ユズの喜びようが目に浮かんで、私はくすりと笑っていた。
『よかった!じゃあまた月曜日にね』
とメッセージを送信し、私もバンザイのスタンプを返すと、すぐに既読が付いて、笑顔で激しく頷くスタンプが送られてきた。私はそれを見て、ついに声を出して笑ってしまった。
元気になったようでよかった。本当によかった。
月曜日の昼休み、ランチバッグを用意していると、教室の後ろの扉から、
「カリンちゃーん!お昼行こ!」
と元気なユズの声がした。
私はランチバッグを片手に勢いよく立ち上がって、ユズのもとへ駆け寄った。
「えへへ、久しぶり」
ユズがヘラリと笑って言った。私はそれに
「久しぶり。待ってたよ。さ、行こ」
と応えて、私達は2人で中庭へと歩き出した。
その日の昼は、私もユズも、空いた1週間分を取り戻すように饒舌に話した。
君の声がする。
それがこんなにも嬉しいことだなんて、私、知らなかったよ。
明日は大親友のユウの誕生日だ。幸いなことに当日のランチを一緒に食べられることになった私は、張り切って誕生日プレゼントを用意した。もう15年以上の付き合い、誕生日プレゼントのネタが尽きてきて、それなりに悩んで迷って探し回ってやっと見つけて……その道程は簡単ではなかったが。
ともかく、プレゼントは用意できた。あとは、プレゼントとともに渡す手紙。これを書きたい。ほぼ毎年プレゼントとともに手紙を渡すのが恒例なのだ。
さて、何を書こうか。
ユウとは、中学生からの付き合いだ。一時期不登校だった私とも変わらず友達で居続けてくれて、ファックスでメッセージをくれたり、家まで会いに来てくれたり、他にもいろいろ嬉しいことをたくさんしてくれた。今でも、たまにユウの発言でハッとさせられたり、彼女の口からするりと出てきた「大丈夫」に励まされたり、私はユウから貰ってばっかりだ。
この前ユウが一緒に行こうと誘ってくれたテーマパークもすごく楽しくて、いつもユウには私の世界を広げてもらってる。
感謝してもしきれない。どれだけ「ありがとう」を言っても足りない。
そんなことを考えながら、手紙の文に纏めていく。
少し照れくさいけれど、愛情と「ありがとう」を目一杯手紙に込める。
「ありがとう」
たった5文字。どんなに思いを込めてもたった5文字。でも、たくさん思いを込めたい5文字。
大親友に、たくさんの感謝をこめて。
「生まれてきてくれて『ありがとう』」
僕は言葉がうまくない。特に、愛情を口にするのは一番苦手な分野だ。だからといって、何も愛情表現できないわけじゃない。言葉以外に伝える方法だってある。それだって照れ臭いけれど、君のことを思えば自然とできてしまうんだ。
例えば、手を繋ぐとき。キュッと君に握られた手を僕はそっと握り返す。
例えば、話すとき。君の話を聴いてる時、君が楽しそうだと、優しい気持ちになって、自然と笑顔になる。
例えば、君が泣くとき。気の利いた言葉は何も言えなくても、君の好きなココアを作って、そばに黙って寄り添って、片肩にもたれかかってくる君を支えるくらいのことはできる。
僕には、こうしてそっと伝えることしかできない。そんな僕に、君は特大の愛をくれる。君は僕に声に出して「愛してる」って言ってくれる。「楽しいね」「ありがとう」って言ってくれる。太陽みたいな笑顔を見せてくれる。僕のささやかな愛の表現をちゃんと受け取って、返してくれるんだ。
僕は君を愛してる。だから今日も、僕はそばにいて、君に伝えたいんだ。少しずつ、そっと。
小さな灰色の部屋。窓は1つ。部屋の中心には机、それを挟むように椅子が2つ。俺は、その椅子のうち、窓側に置かれている方に座っている。向かいの椅子には強面の中年男がこちらを睨んでいた。
「お兄さん、『未来の記憶の取扱に関する法律』――所謂『未来記憶法』知ってるよね?」
男――刑事が机に片腕を乗り出して問いかけてくる。
「はい」
俺は静かに答えた。
「だったらさ、お兄さんがしたことが『危険記憶秘匿義務違反』なのわかるでしょ?」
「はい」
「なんでやっちゃったの」
刑事の問いかけに、俺はこうなった経緯を思い出していた。
タイムトラベルの技術が確立され、一般にも提供されるようになって久しい現代。未来旅行はセレブの嗜みとされていた。俺は偶然、旅行会社が企画したキャンペーンで未来旅行に半額で行ける権利に当選して、未来のテーマパーク一泊二日の旅をしてきた。このテーマパークは過去からの旅行者向けに作られていて、未来の人間とはほぼ出会うことがなく安全に旅ができるのが売りだった。未来と言っても20年後の小旅行だったが、見たことのないものが溢れていて、興味深い旅だった。
ただ、俺の旅はそれだけでは終わらなかった。
「お兄さんの旅行プラン、未来のテーマパーク内で2日過ごして帰ってくるだけのものだったのに、どうしてテーマパークから抜け出しちゃったの」
「興味、としか言いようがありません」
「それで、未来の彼女のとこまで行っちゃったわけね。そこで知ったわけだ」
「はい。彼女が重い病にかかっていることを知りました。余命半年だと。それも、今の時代から検診をうけて、適切な治療を受けていたらあそこまで悪化することはなかったと」
「それで、君は帰ってきて彼女に言っちゃったわけだ。『未来で君が大変なことになるから今から病院にいけ』って」
俺は無言で頷いた。刑事はため息を吐いた。
「だって、言わずにいられますか?言えば、彼女はその病を早期発見できて、20年後に余命半年になんてならなくて済むんですよ!彼女を助けることができるのに、言わないなんて、そんなこと……!」
「できなかったんだねえ。でもそれ、いけないことなのよ。人の生死――所謂“運命”ってやつに関わる記憶は秘匿しなければならないって法律で決まってるからね」
「彼女があの病気で死ぬのは運命だから、受け入れろって言うんですか!?一言伝えれば助かるってわかってるのに、それもしないで?そんなの、そんなの、なんて人の心がない――」
「それが法律だからね。それにさ、旅行会社側もそういうトラブルが起こらないようにプラン組んでたよね。お兄さん、そのルール破って未来の人に会いに行っちゃったから、こうなっちゃったわけじゃない」
「自業自得だって言うんですか」
「そうだねえ」
自業自得、そう言われて、それまで熱くなっていた頭が急に冷めて、俺はその場でうなだれた。
「俺は、彼女は、これからどうなるんですか」
「刑としては記憶消去を受けてもらうことになるだろうねえ。君が未来で見た彼女に関する記憶、彼女が君から聞いた未来の記憶、それらを話した時の記憶……それから、今僕らが話してる記憶も、全部消すことになるよ」
「そうしたら、彼女は自分に迫る病の危険に気づかないまま、年をとって、あの病にかかって死ぬんですね。僕も何も知らないまま、彼女のそばにいながら何も気づかず、気づいたときには手遅れで」
「そうだよ」
未来の記憶が蘇る。病床の彼女。『あなたの時代くらいに病院に行っていたら、こうなってなかったんですって。お医者様が言ってたわ』と、悲しそうに話す彼女。彼女は俺に『助けて』とは言わなかった。もう諦めた目をしていた。それが俺には余計に悲しくて。だから、危険を冒してでも、助けたかった。
「“運命”ってなんなんですか。そこまでして守らなきゃならないものなんですか」
「さあなぁ。僕よりずっと上の偉い人たちなら知ってるんだろうけど。僕みたいな末端にはよくわからないよ」
よくわからないまま守られる運命によって、彼女は死へと導かれていくのか。
これ以上の絶望がこの世に存在するだろうか。
ああ、運命なんて、クソ喰らえだ。
目から溢れ出る涙も、喉から勝手に出てくる嗚咽も、何一つ抑えないままに、俺はただ運命を呪うことしかできなかった。