朗々

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9/15/2024, 4:41:51 PM

ギラつくネオンの蛍光色が、忙しなく交通網を駆けずり回る足跡を照らしている。クーラーは効かないくせどうやってこんなデカい音を、と変に世論を慮るほど、街中に鳴り響いている「きっと君は来ない」だとか「君が好き」、「I love you」「I Need You」なんて浮つくセリフの数々が嫌に耳に残るような冬の夜。僕はひどく息を切らしていて、さながら『あわてんぼうのサンタクロース』のようだと微笑した。
正直言って、僕は慢性的な運動不足だ。現在1.5キロ。タクシーで体力を温存していたくせに、もう足はだるいし、重いし、吸い込む空気は氷のようで喉は焼けるように痛いし、なんなら全身の節々がひきつりのような異常を訴えている。銀行から金を卸してタクシーを呼ぼうかな、と思っていたその時、ピコンと、控えめな機械音がポケットをくすぐった。

『早く来ないとケーキ全部たべちゃうよ』

くちばしをひくりと吊り上げる。当たり障りのない絵柄をした「向かってます」の文字が浮かんだスタンプを送り、スマホを握りしめたまま、道の端を走りだした。コンクリートをぐんと蹴り上げる。
おかしいな、子供の頃思い浮かべたサンタクロースなんて存在は、ワンホールケーキ全部食べる、なんて嘘を付く女の子の元へ、必死に冷や汗垂らして向かうような存在ではなかったはずなのだけれども。


_まあでも別に、いいか。
君からのラインで、間違いなく僕はひたすらに舞い上がっているなんてこと、どうせ誰も知らないし。

でもほんとうに食ってたら困るな、と思って、走っている途中にあったコンビニでチョコケーキを2つ買った。あと、ちいさなサンタクロースの砂糖菓子も。


君からのLINE

9/13/2024, 1:01:43 PM

明星のひかりがメラメラと燃えている。肌の白さがよく映える、温かなひかりの色。それは窓際に置いた白濁の浮かぶグラスにも揺らめいていて、時折、雲の影に隠れて、皆既月食を担う。
「フランボワーズ」
かび臭さがするりと鼻を通るような、あちこちのほつれたクリーム色の枕を抱きしめる。
「コンヴェルサシオン」
ライスペーパーのように薄いシーツで上半身を覆って、右斜め下にワタがくるまってしまった掛け布団をもて余す。足首に冷たい風がひゅるりと舞い込んだ。
「ココ・カラメル」
ベットの下に放おったままになっていたバッグから怠慢な動きで煙草を一本抜き出して、シャツの胸ポケットから取り出した愛色のライターで火をつける。聞き慣れた音が耳にじんわり、平たい金属の塊をべったりと汚すように滲む。
「………アーティショー」
灰の代わりに手のひらを掠めたのは、三枚の写真だった。
一枚目はひどく質素で、草原の草原に柔い色が差し込み、麦わら帽を被った愛らしい少女が微笑んでいる写真だった。伏した瞳から伸びるまつげが美麗で、すうっと通った鼻筋一つとっても、嘘偽り一つなく、ただただ真っ当に、可憐な少女に見える。写真の端っこには白馬の馬が覗いていて、恐らく、一人ではないのだろうということがわかった。
二枚目は、1枚目とは打って変わって、広い城の中を背景に、様々な表情の人々が並んで立っている写真だった。仰々しく奉られた二対の銅像に囲まれて、細く弧を描いた瞳でこちらを見つめる婦人や、今にも蝶を追いかけていってしまいそうな子ども。仏頂面の男性の足元には真っ黒な尻尾やらピンと張った耳やらがちらりと覗いている。真ん中には一枚目の少女がおり、隣の、柔らかな微笑みをたたえた青年と、勝ち気に笑う、同年代くらいの女の子に話しかけられて、笑みをこぼしているかのように、自然な笑顔を写していた。
どちらも金の刺繍のようなもので縁取られた印刷で、この少女はいま、裕福かつ、心底しあわせなのだろうとわかる。
「ッ、リュス!!」
煙草のフィルターを噛み潰す。吸い殻の先の火種を指の腹ですり潰すと、勢い任せにそれを投げ飛ばした。部屋の向こうでぽつり、淋しげな音が響いた。
「…プチフール・ヴェノア、」
震える指でかさり、最後の写真を取り出した。
三枚目は、先程までとは打って変わって、やけに古びた写真のようだった。
小さな男の子が無邪気に笑っていて、その男の子を抱きしめるショートカットのかわいらしい少女が笑っていた。二枚の少女と顔立ちがよく似ているものの、布を切って縫っただけ、のようなワンピースの袖の端は上下にズタズタで、子どもを抱える手首も、ぽきりと折れてしまいそうなほどに細く、頼りない。背景の家は窓枠だけが写っていて、その家もやはり、ボロボロだった。
まるでこの家のように。

手紙を握りつぶして、窓際からすっかりさめざめとしてしまったグラスを手に取る。あの煌めきはどこへやら、部屋には青々とした日差しが運ばれかけていて、夜明け前なのだ、と思い知る。この青空の向こうで、彼女はこの写真みたく、僕の知らないみんなの前であんなに、しあわせそうに笑っているのだろうか。
「ッヴェノ、ねえヴェノ、……僕にだけ着飾らない、おしゃまな君が、ヴェノ…君がだれよりも好きだった」
白濁の液体を飲み干す。彼女好みの蜂蜜入りホットミルクティーは、僕にはすこし甘すぎるのだと初めて知った。

夜明け前