『視線の先には』
他人の思考を読んでみたい、と思ったことはないだろうか。
いまこの人が頭の中に渦巻かせている言葉は、私に思っていることは、秘めた思いは。
私は気になって仕方がなく、読心術が使えたら良いのに、と常に思っている。
話は変わるが、私は人が本を読んでいる様を眺めるのが好きだ。
人が本に視線を落とすとき、目は細められ、若干伏し目のようになる。
その目の形がたまらなく好きだ。
そして私は考えついたのだ。
読書中の人間の思考のみ、読むことができるのではないかと。
まずここで使われる思考とはどのような意味を持つのか。私のここでの用法を示すと、「言語化された何か」だ。文章として成立していれば、何でも思考、とここでは表する。つまるところ、脳内を占める言葉である。
では、「読書中の人間の思考のみ読めるのでは」がどういうことかについて書かせて頂こう。
そう、読書中の人間の脳は本の言葉で占められる。つまり、そういうことだ。
その人間の視線の先、それがその人間の思考を示す。
しかし、読書法といえば良いのだろうか。それは千差万別らしいので、読書をしていても、脳内が本の文章で埋められることはない人もいるかもしれない。
だが、大抵の人は脳内で音読するような読み方をしているのではないかと思う。
ゆえに、大抵の人には通ずると信じたい。
「視線の先にその人の思考がある」
なかなかのロマンではなかろうか。
『私だけ』
「サナちゃん、一緒に帰ろう」
そう言いに隣のクラスに来たはずなのに、私は呆然と立ち尽くしていた。だって、サナが、サナが…私以外の子とおしゃべりしているんですもの。サナは私しか友達がいないはずなのに。ねぇ。
でも一緒に帰るのは私なの。
「サナちゃん、一緒に帰ろう」
「あ、アイリ!うん、帰ろう」
隣の女に、ごめんね、と言ってサナがカバンを手に提げてこちらへと歩いてきた。
「今日は委員会の集会で遅くなっちゃった、待たせてごめんね」
「ううん、隣の席の子と話してたから大丈夫だよ。楽しかったな」
「あ、そう」
自分の表情が曇ってしまうのはわかっていたので、俯く。
「隣の席の子、ユミって言ってね」
「そうなの」
喜々として話すサナにてきとうに相槌を打つ。まずい、と思いながら。
サナはかわいい。ふんわりと巻いたロングの黒髪、幅の揃った二重、ぱっちりと開いている目、存在感のない鼻。つやめく唇。
紛れもなく、校内一かわいい。私が見た中でいちばんかわいい。こんなに素の顔がかわいいからか、サナは自分の見た目に興味がなかったようだ。それに、サナは他人とコミュニケーションを取るのが苦手で、クラスでは一人だった。
こんなにかわいいのに話しかける子がいないんだ、と思って私は話しかけたし、メイクとかファッションとか、そういう話をした。だから、こんなことを言った。
「ねえサナちゃん。今日の放課後、私がサナちゃんにメイクしてみても、いい?」
「むしろいいの?やったー!!」
サナは意外と明るかった。というか、打ち解けると一気に話してくるタイプだった。声も透き通ってて、かわいい、と思った。
放課後がやってきて、みんながいなくなるまでおしゃべりして、もうみんな帰るか部活行くかしたとき、私はコスメをサナの机いっぱいに広げた。
サナはおとなしく座っていた。私は持ち込んでいるヘアピンでサナの前髪を留めて、下地を塗った。サナの肌をまじまじと見つめた。白ニキビすら1個もなくて、サナの肌は絹のように綺麗だった。今もそう。パフでムラをなくし、きれいだからファンデはいらないかな、と思ってパウダーを塗る。まるで加工しているのか、と思うくらいの透明感が生まれた。これが正しい商品の使い方なのかと思いながらコンパクトを閉じた。ピンク色を中心に色が集められたパレットを開き、アイホールにアイシャドウをのせていく。発色が悪いと思っていたアイシャドウだったが、サナの肌の上では絵の具のように美しく発色し、正しいキャンバスに絵を描いているような錯覚に陥った。
ぷっくりとした涙袋に、血色カラーのコーラルピンクを仕込み、グリッターでラメを散りばめる。
サナにメイクをすることで、私はコスメのCMが表現するあの、きらきらとした魔法みたいな、「メイク」を初めて行っているような気がした。私がマスカラを塗ったまつげよりも長いまつげにマスカラを塗り、最後にリップで仕上げる。寒天のような透明感のリップを塗る。形の良い唇だから、リップメイクを施す必要がなさそうだ。
メイクを終わらせて、手鏡でサナに見せる。
「わー!!すごい〜!!アイリみたいにかわいい〜!本当にありがとうー!」
ハートマークを語尾に飛ばしてそうな、あまくてかわいい声にうっとりとしてしまう。メイクをしている最中、サナの顔にずぶずぶとした黒いものを感ぜすにはいられなかったが、こんなにかわいい女の子が出来上がったとなるとすべてが吹っ飛んだ。
その日からサナは、毎日メイクをして学校に来るようになった。サナに話しかける人はもちろん増えた。けれども、サナは部活に入っていなかったので、私はなるべくサナから離れないようにした。ちょっとでも目を離すと、誰かとサナが話していた。そのたびに、私は毎回毎回変わらずサナの時間を自分で占めることを考えている。
校門から出て、ゆっくりと歩く。
「ねえアイリ、このカフェほんとかわいいよね、行こうよ」
うん、絶対に行こう。
「うん、もちろん」
「ふふ、やっと笑ってくれたー!アイリ、笑ってる顔がいちばんかわいいよ」
まさかサナに気づかれていたとは。
「サナはいつでもずっとかわいいよ」
紛れもなくそうだよ。
「いつも言ってくれるよね、ありがとう〜嬉しい」
そうやって嬉しそうに頬を緩ませるサナ。やっぱり本当にかわいい。
私はスマホを起動して、カレンダーアプリに予定を追加する。来週もサナとプリクラを撮りに遊びに行く。
先週はサナと服を見に行った。
かわいいかわいいサナの予定も、私との遊びで埋まっていることだろう。ユミ、だっけ。サナは渡さないよ。
サナは私だけの女の子だから。サナの近くにいるのは、私だけでいいの。こんなにもかわいいあなたを見つめるのは、私だけでいいの。