「終わった……」
仕事が終わって伸びをして、思わず一瞬だらりと椅子に手足を伸ばしてしまう。
8月31日。本日夏休み最終日。昨今はもう少し早めに夏休みが終わるところもあるらしいが、この近辺ではまだ8月末まで夏休みだ。
終わってしまった。私の安息が。終わってしまったこと、子どもの世話などではない。私はまだ独身だ。
何が終わってしまったかといえば、
「今日で最後か……」
通勤電車で座れるか否かだ。
朝のまだ起きていない体を休めるため、仕事で疲れた体を家に連れ帰るため。電車で座れることは安息以外に他ならない。それが今日、終わってしまう。
「はぁ、明日からまた、立ちっぱなしの生活か……」
/9/1『8月31日、午後5時』
カツン、カツンと靴の音が響く。ハイヒールと革靴。
ここ数日徹夜に近い状態で資料を作り上げた二人は、今から社内の命運をかけたプレゼンを行う。
成功するかと不安気な顔をしている男は、女をチラリと盗み見る。
女は毅然とした態度で前を見ていた。それを見て男もキリリと顔色を変える。
(大丈夫。あんなに何度と修正したんだ。あとは先輩のアシストをするだけ)
会議室に着いた。ノックをすると中から返事が聞こえた。
二人の最後の戦が始まる。
/8/31『ふたり』
まるで写真のように
切り取ったような風景は
僕の心から離れない
ひまわり畑に行った時
振り返った君の姿が
ポストカードのようだったんだ
/8/30『心の中の風景は』
「終わらない……!」
庭に生えまくった雑草を抜きに抜いていく。が、痛む腰を叩きながら周りを見渡すとほんの一部しか綺麗になっていなかった。
「はぁ……」
軍手をした手に、熊手と雑草を持ちながら立ち上がる。
ただ立ち上がっただけなのに、凝った腰が音を立てた。だらりと汗が横顔から垂れていく。
『夏草や 兵どもが 夢の跡』
何故か思い出した例の俳句。
本来の意味合いとは全然違うが、かけた時間と労力を思うと思わず浮かんでしまった。
もちろん兵は頑張った私。
こんなに頑張っても、ひと月も立てば同じような状態になることを思うと、頭が痛くなる。
/8/29『夏草』
大事なものは
いつだって胸の中に
見ないふりをしたってしょうがない
どうしたって存在している気持ちに
嘘はつけない
/8/28『ここにある』
サンダルを指に引っ掛けて
冷たい水の中を裸足で歩く
砂の感触がシャリシャリと気持ちいい
潮が満ち引きして
足首を濡らし
乾かしたそばから濡らしていく
海辺を歩く私は
どこまで行こうか
/8/27『素足のままで』
『それを選ばなかったのは強さだよ』
なんて、何の慰めにもならない。
あと一歩。
もう一歩だけ踏み出す勇気を持てたなら。
この儚さとさよならできたのに。
あぁ はかない。
/8/26『もう一歩だけ、』
「ここはどこだ?」
そこは旅立ってから5番目に着いた街。
おおらかで、街全体がまるで祭りのようににぎわっているところだった。
端から端まで、小さな町三つ分はあろうかというこの街は、しかし地図に載っていなかった。ここまで大きな街であれば、地図にくらい載っていてもいいだろうに。
「勇者よ! おれカジノってとこに行きたいな!」
「わたしはあそこのブティックというのを見てみたいわ」
パーティーの面々が街のにぎやかさに誘われるように浮足立っているのが分かる。
それは勇者も同じだった。
「そうだな。街の散策もしないといけないし……よし、三時間後にここに集合しよう! それまでは各々好きなところを見て回るといい!」
パン、と勇者が解散の合図を出す。
めいめいに散っていくのを見た魔導士は溜息をついた。
パーティーの中でただ一人、浮かれていないメンバーだった。
「こんなに禍々しい気配に満ちているのに、どうして誰も不審に思わないのでしょうね……」
/8/25『見知らぬ街』
遠くで雷が鳴っている。
まるで俺らの旅立ちを祝福しているようだ。
空は黒い暗幕が垂れている。
雷鳴が村の向こうで聞こえる。
「幸先が悪いな」
村の誰かが言った。
暗雲が立ち込めているだけで幸先が悪い?
何を言っているんだ。
俺らは今から何をしにいくと思っているんだ。
立ち向かっていくようでちょうどいいじゃないか。
魔王討伐に向かう勇者パーティーの俺らは荷物を携え、遠雷響く暗雲の方向へ向かっていった。
/8/24『遠雷』