鳥のように
翼を広げて空を飛べたら
どれだけいいだろう
病院のベッドから窓の外を見て考える
あの電柱から電柱まで飛べたなら
どれだけの風を感じられるだろう
外にも出られない僕は
それだけで幸せに思うだろう
窓を開けて入ってくる
ささやかな風だけでは
僕はもう満足できない
/8/10『風を感じて』
※暗い話
がくん、と足元がなくなった気がした。
気がしただけで、それは夢だったけれど。
はっと目を覚ました時には、地に足が着いているどころか、布団に体が横たわっていた。
(なんだ、夢か)
唐突に空を踏むあの感覚は、階段を踏みそこねたのを強くしたものに似ている。
(失敗した、失敗した。ひと休みのつもりが寝てしまうなんて)
起き上がって準備をして、階段を登っていく。
屋上の扉を開けると、ビル風が襲ってきた。
「さ、本番だ。」
失敗は許されない。
胸いっぱいに空気を吸い込んで、空を踏み抜いた。
/8/9『夢じゃない』
針の指すまま進めたらどんなに楽だろう?
僕の中の航海士は、
このまま進めと言っている。
しかし、現実はそうもいかない。
無理矢理にでも針路を変えなければ
ままならないこともたくさんある
だけど気持ちだけ
僕が思うこの気持ちだけは
誰にも針路を変えさせたくない
まっすぐに進め
/8/8『心の羅針盤』
楽しい時間
嬉しい感情
ぼくを喜ばせてくれる時間は
あっという間に過ぎていく
早くまた会いに来てくれないかなぁ
/8/7『またね』
「泡になりたい」わけではないけれど
この想いが叶わないくらいなら
彼女のように泡になっても構わない
/8/6『泡になりたい』
「戻ってきちゃいました」
「なんで居るんだよ」
てっきり成仏したと思っていたテツジを見たタイキの口端が、ひくひくと動いた。
「僕だって分かりませんよ。こないだナスに乗ってあちらへ行ったと思ったんですがねぇ」
「……乗ったのかよ?」
「分かりません」
去年亡くなったテツジに、幽霊の見える彼が会ったのは、今年の夏だった。
それから何度かテツジに会いに来たタイキだったが、彼と会うのが最後だと、お盆に盛大な別れをしたはずだった。だが盆を過ぎた今、なぜか彼はここにいる。
「さっき戻ったって言ったんですけど、実際「戻った」感覚ないんですよねー。お別れした記憶はあるんですけど」
「なんだよ?気づいたらここにいましたってか?」
「そうですね」
タイキのツッコミに頷くテツジに、タイキは次の言葉を無くしてしまった。
彼がここにいる現象がまったく分からないからだ。イヤなものの気配も何もない。ただ普通の人間と同じようにここにいる。ひとつだけ違うのは、彼が他の誰にも見えていないこと。
「何かあるんでしょうね。ここに残る何かが。あっはは、僕地縛霊になっちゃいました」
タイキが頭を悩ませていると言うのに、テツジはあっけらかんと笑った。
(このままでいいはずがないのに、こいつに会えるのは素直に嬉しいし、けど何とかしないといけないし!)
タイキは頭を抱えてくるくると思考を巡らせる。が、良案が何も思い浮かばない。幽霊がこのまま現世に留まっていていいはずがないのだ。どうにかしないといけないことだけは無知のタイキでも理解していた。
「まあ、僕が消えるまで、また仲良くしてください、タイキくん」
タイキの心中を知る由もなく、にっこりとテツジが微笑んだ。
/8/5『ただいま、夏』
「りーちゃん、ここにいた」
屋根の上に上ると、響希(ひびき)の探し人がいた。
田舎に住んでいる従兄の理人(りひと)は、何かあるとこうして屋根の上で膝を抱えている。
「……」
理人はちらりと一瞥をくれただけで、何も言わない。
普段から無口な理人だが、こうなると更に言葉を発さなくなる。
だが響希は意にも介さず、カラカランと高い音を立てる手の中のものを一つ、理人に差し出した。
「はい、りーちゃん。こっそりもってきたよ」
響希が指に挟んでいた翡翠色の瓶を、理人は何も言わずじっと見るが、「落ちちゃうから早く」と促されると無言で受け取った。
「冷蔵庫に入ってなかったから、冷えてなくておいしくないかもしれないけど……」
苦笑を漏らしながら、響希は手元に残ったラムネ瓶の封を開けた。
「えい!」
ぽんっ、と小気味いい音と共に瓶の中に落ちるビー玉。
炭酸が噴き出さなかったことに、響希は嬉しそうにはにかんだ。
「へへへー、やった」
その間、理人は我関せずといった風に向こうの家々を見つめていた。だが響希は気にする風でもなく、ぬるいラムネをあおっていた。
「……残念だったね」
三口ほどラムネを飲んだ響希が、ぽつりと言った。
何が残念だったのか、無言の理人には痛いほどわかっていた。
「ひさちゃん、結婚するって、全然知らなかったよ。彼氏いた話も聞いたことなかったのにね」
理人は無言でいる。聞いているのかいないのか、ただまっすぐ前だけを見つめている。
「僕たち、そんなに仲良くなかったってことなのかな?あんなに一緒に遊んでたのにね」
「ひさちゃん、話してくれたっていいのにね」と響希が続けた。
ひさちゃんとは、二人より十個ほど歳の離れた従姉だった。
幼い頃は盆や正月など親戚で集まるたびに、二人や他の子どもたちの相手をしてくれる優しい女性だった。中でも二人とは仲が良く、友人関係の悩みも打ち明けてくれていたりと、それなりに信頼関係が築けていると思っていた。
だが所詮は小学生の子ども相手だったということか。彼女はいつの間にか結婚相手を見つけており、今回の集まりでそれを報告したのだった。
密かに想いを寄せていた理人はショックで、今こうして屋根の上に逃げてきた。中学2年になる来年、告白をしようと思っていた。
その想いを知っていた2つ下の響希も、彼を追いかけてここにきた。
ず、と鼻をすする音がした。
響希は、その音が何を現すかを見て見ぬふりをして、ラムネをあおった。
「貸して。開けたげる。僕、今日、開けるの上手いんだ」
響希は理人の手からラムネ瓶を取ると、ぽんっとまたビー玉を落とした。
そして何も言わず鼻をすする理人の手に瓶を戻した。
/8/4『ぬるい炭酸と無口な君』