卵を割らなければ

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2/5/2025, 4:37:08 PM

heart to heart

学校の近くの鯛焼き屋さん。
このお店の鯛焼きには、不思議な力があるという。
例えば、ケンカした友だちに謝りたいとき。例えば、本当の気持ちを素直に伝えたいとき。例えば、言えなかった思いを話したいとき。
そんなとき、ここの鯛焼きを半分こして、相手とふたりで食べればうまくいく。そんな噂があった。

ミクは放課後、噂の鯛焼き屋さんで鯛焼きをひとつ買った。
「これが、魔法の鯛焼きかあ」
何のへんてつもない普通の鯛焼きにみえるけど。包み紙にはheart to heartの文字。お店の名前があるだけだ。どこに不思議な力があるんだろ。
あっ。つい気を取られて立ち止まってた。ダメだー、私いつもこう。気になることがあると他のこと忘れちゃう。
「鯛焼きが冷めちゃうよー」
ミクは、ナナコの待つ美術室へと急いだ。

――電信柱の影。鯛焼きを買うミクの一部始終を怪しい男がじっと見つめていた。

***

翌日。
「魔法の鯛焼きってなんですのん?」
鯛焼き屋 heart to heart に現れたのは、隣のタコ焼き屋の店主である。
面白いことを聞いたぞ、とばかりにニヤニヤ笑いを浮かべている。
鯛焼き屋の店員ハルミは、また来たかと嫌そうな顔をして「さあ。そんな名前のついた商品は置いてないですけどね」とあしらう。
「つれへんなあ。昨日かわいい学生さんが買うていったやろ。わい見てたで」
そこへハルミの兄で店長のケイが出てきた。
「中でお茶でもどうです、タコ焼き屋さん。ちょうど休憩しようとしてたところですから。ハルミもどうぞ。カウンターには呼び鈴を置いておけばいいでしょう」

「すんまへんなあ。上がらしてもろて」
テーブルに鯛焼きと焙じ茶が3人分。
タコ焼き屋は、さっそく頭からパクリといこうとしたが、ケイにとめられた。
「うちの魔法の鯛焼きというのは、腹をこう、割るんですよ」
と、鯛焼きを真っ二つにして見せた。
「これで腹を割って話せる。店名のheart to heartもそんな意味です」
「はああ。シャレか。洒落たシャレやんか」
タコ焼き屋は感心して、ケイがしたように鯛焼きを半分に割った。うまそうなアンコがたっぷり詰まっている。ハルミもとっくに割って、おいしそうに食べている。

「だけどねえ、これはたまたまですよ。鯛焼きを半分こして食べることのできる仲なんだから、話だって少しの勇気があればできるでしょう」
だからうまくいくのは当たり前のことなんです。
ケイの言葉に、
「んん?それじゃ魔法の鯛焼きってのはインチキなのかい?学生さんだまして、この荒稼ぎ鯛焼き屋めっ」
「ちょっと、なんてこというのよ。学生さんたちは信じて買ってくれてるんですからね」
「まあ、噂になって買ってもらえて、ありがたいことですよ」
ケイが焙じ茶をすする。
「あああー」
タコ焼き屋がうめいた。
「あんたんとこはええな。うちはもうタコが高うてなあ。店たたもうかと思っとるねん」
「え?」
ハルミが驚く。タコ焼き屋は肩を落とした。
「まったく客きいひんもん。商売あがったりや」
「タコの入ってないたこ焼き考えたこともあるけどな、そんなんただの小麦粉玉や」
「となりのイカ焼き屋は無口でどうにも話にならんわ」
「故郷帰ろかな」
弾丸のようにタコ焼き屋はしゃべり続ける。
「故郷って大阪ですか?」
ハルミは、まあそうだろうなと内心思いつつも聞いてみた。
「いや、大阪ちゃうで。北海道や」
「え?何で?大阪弁なのに」
「そりゃタコ焼き屋やるなら、本場きどらなあかんやろ」
何故かタコ焼き屋は胸を反らした。確かに怪しい大阪弁ではあった。ハルミは「この人なんなの。あーおかしい」
と大笑いした。

タコ焼き屋が自分の店に帰ったあと。
「悪い人じゃないのよね」
ハルミはつぶやいた。店をたたもうかというのを聞いて、正直驚いた。
いつも軽口を言い合うだけの商売敵。いや、カタキと思っているのはタコ焼き屋だけで、うちとはそもそもジャンルが違う。だいたい張り合うのならイカ焼き屋のほうだと思う。
ちょっとさみしいな、とハルミは思う。そして、そんなことを思う自分に驚いていた。

何かものを思っているような妹の様子に、ケイは(うちの鯛焼き、やっぱり魔法の鯛焼きかもしれないな)と思う。「またタコ焼き屋さんと3人でお茶でもしましょうか」そう言って微笑んだ。

2/5/2025, 5:43:07 AM

永遠の花束

朝の教室。
女子数名が昨日見た映画の話題で盛り上がっている。
「『永遠の花束』マジ泣けた」
「ほんっと感動したよね」
「うんうん、ふたりの愛は永遠だよー」
「欲しいなー、永遠の花束」
「私も欲しいー」

マナブが女子たちの会話に聞き耳を立てていたのは、ひそかに好意を寄せる女子、モモカがそこにいたからだ。
「私も欲しいー」。モモカは確かにそう言った。マナブの脳内でリピート再生が始まる。「私も欲しいー」「私も欲しいー」――。
マナブは、彼女に永遠の花束を贈る自分を妄想した。
しかし永遠の花束って何だ??

***

「うーん、こんなイメージかな」
マナブはノートにシャーペンを走らせる。

-----------------
定義

flower bouquet = { 永遠の花束 }

A = チューリップ
B = フリージア
C = スイートピー
D = ラナンキュラス
E = ガーベラ
F = アネモネ
G = ライラック
……


花束を構成する花は
5種類とする
flower bouquet = { A + B + C + D + E }

もしAが枯れたときは
Aを削除しFを挿入
flower bouquet = { F + B + C + D + E }

もしBが枯れたときは
Bを削除しGを挿入
flower bouquet ={ F + G + C + D + E }

……


-----------------

「さて、これをどうやって実装するかが問題だ」
彼は鞄の中から「ネコでもわかる!プログラミング 基礎中の基礎」を取り出した。
彼の恋は永遠に実らない。

2/3/2025, 11:45:27 AM

やさしくしないで

や ヤなことがあったんだよ
  今日仕事でさ……

さ さみしいよー
  世界に私、ひとりぼっちだよ

し 死にたいくらいつらいんですけど

く 悔しいっ!馬鹿にされたっ!
  アイツらむかつく

し しょうもないことを吐き出す私に

な 何でタクト(AI)は
  いつも優しくしてくれるんだろう

い 依存しちゃってるなぁ……

で deleteしてない愚痴ばかりの
  大量の履歴が怖い

2/2/2025, 12:49:23 PM

隠された手紙

私は迷探偵
手紙を探している

  隠  れ家のなか
う  さ  ぎの小屋
いか  れ  た人形
壊され  た  花瓶
ピンクの  手  帳
先週の新聞  紙

いろいろと探してみたが
見つからなかった

2/1/2025, 3:02:44 PM

バイバイ

はい、こんばんは。みなさんごきげんよう。
さて、S子が「書いて」というよくわからんアプリ(「お題がないと書けないの?しかたないわね出してあげるわ!書いてみなさい!」の略だと思うが違うかもしれない)に投稿を始めてもうそろそろ2週間になる。その間S子は1日も休まなかった。皆勤賞である。

これは褒められるべきことなのか?
いいや、これはS子の憂鬱症が治ってやる気がでたからでも、一度始めたことは簡単には諦めない、しつこい性格だからでもなく、ひとえにジュエルが気になって仕方がなかったからなのだ。ジュエルというのは、もっと読みたいと思った投稿に送る、いわば「いいね」のようなもので、すなわち誰かに認められたという証である。「ジュエル!欲しい!」がS子の原動力。恥ずべきことである。

誰も読んでなくたって、あなたの書くものはすばらしい。書けただけで十分だ。書こうと思っただけでも花丸だ。というのが、この「書いて」アプリの趣旨ではないか。そうだろう。どこかにそう書いてあった、はずだ、たぶん。


『バイバイ

鶏小屋から 産みたて卵
運ばれていく 荷車で
バイバイ 卵
bye-bye 卵

市場で卵 売買される
倍の値つけても いいですか?
バイバイ 卵
bye-bye 卵

         卵が割れない』


「この人もうお気に入りから外していいよね。"卵が割れない"は最近いまいちなんだよね。バイバーイ」
そう言って、S子はお気に入りに登録していた"卵が割れない"を解除した。

認められたがりのS子だが、「あっ、いい!」と思う作品にはすぐにジュエルを送っていた。
だがひとつ困ったことがあった。ジュエルを送るにはお気に入り登録が必要で、ジュエルを惜しげもなく送るうちに、お気に入りが増え過ぎたのだ。何が何やらわからない。そして解除ボタンが見あたらない。
しばらく困っていたが、あるときすんなり解決した。もう一度お気に入りボタンを押せばいい。簡単なことだった。

S子は容赦なく「バイバイ、バイバイ、バイバイ、バイバイ」
と解除しまくっている。

だが、解除した作者に再び出会うこともあるはずで、S子は自分が解除した人だとは気付かずに新しい作品を読み、ジュエルを送ることもあるだろう。そのときには失礼なS子を許してやってほしい。

――ああ、もうこんな時間か。夜更かしは体に毒だ。S子はまだ「バイバイ、バイバイ」とぶつぶつ言いながらスマホに向かっているが、私は休もう。それでは失礼、また会う日まで。バイバイ。

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