卵を割らなければ

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heart to heart

学校の近くの鯛焼き屋さん。
このお店の鯛焼きには、不思議な力があるという。
例えば、ケンカした友だちに謝りたいとき。例えば、本当の気持ちを素直に伝えたいとき。例えば、言えなかった思いを話したいとき。
そんなとき、ここの鯛焼きを半分こして、相手とふたりで食べればうまくいく。そんな噂があった。

ミクは放課後、噂の鯛焼き屋さんで鯛焼きをひとつ買った。
「これが、魔法の鯛焼きかあ」
何のへんてつもない普通の鯛焼きにみえるけど。包み紙にはheart to heartの文字。お店の名前があるだけだ。どこに不思議な力があるんだろ。
あっ。つい気を取られて立ち止まってた。ダメだー、私いつもこう。気になることがあると他のこと忘れちゃう。
「鯛焼きが冷めちゃうよー」
ミクは、ナナコの待つ美術室へと急いだ。

――電信柱の影。鯛焼きを買うミクの一部始終を怪しい男がじっと見つめていた。

***

翌日。
「魔法の鯛焼きってなんですのん?」
鯛焼き屋 heart to heart に現れたのは、隣のタコ焼き屋の店主である。
面白いことを聞いたぞ、とばかりにニヤニヤ笑いを浮かべている。
鯛焼き屋の店員ハルミは、また来たかと嫌そうな顔をして「さあ。そんな名前のついた商品は置いてないですけどね」とあしらう。
「つれへんなあ。昨日かわいい学生さんが買うていったやろ。わい見てたで」
そこへハルミの兄で店長のケイが出てきた。
「中でお茶でもどうです、タコ焼き屋さん。ちょうど休憩しようとしてたところですから。ハルミもどうぞ。カウンターには呼び鈴を置いておけばいいでしょう」

「すんまへんなあ。上がらしてもろて」
テーブルに鯛焼きと焙じ茶が3人分。
タコ焼き屋は、さっそく頭からパクリといこうとしたが、ケイにとめられた。
「うちの魔法の鯛焼きというのは、腹をこう、割るんですよ」
と、鯛焼きを真っ二つにして見せた。
「これで腹を割って話せる。店名のheart to heartもそんな意味です」
「はああ。シャレか。洒落たシャレやんか」
タコ焼き屋は感心して、ケイがしたように鯛焼きを半分に割った。うまそうなアンコがたっぷり詰まっている。ハルミもとっくに割って、おいしそうに食べている。

「だけどねえ、これはたまたまですよ。鯛焼きを半分こして食べることのできる仲なんだから、話だって少しの勇気があればできるでしょう」
だからうまくいくのは当たり前のことなんです。
ケイの言葉に、
「んん?それじゃ魔法の鯛焼きってのはインチキなのかい?学生さんだまして、この荒稼ぎ鯛焼き屋めっ」
「ちょっと、なんてこというのよ。学生さんたちは信じて買ってくれてるんですからね」
「まあ、噂になって買ってもらえて、ありがたいことですよ」
ケイが焙じ茶をすする。
「あああー」
タコ焼き屋がうめいた。
「あんたんとこはええな。うちはもうタコが高うてなあ。店たたもうかと思っとるねん」
「え?」
ハルミが驚く。タコ焼き屋は肩を落とした。
「まったく客きいひんもん。商売あがったりや」
「タコの入ってないたこ焼き考えたこともあるけどな、そんなんただの小麦粉玉や」
「となりのイカ焼き屋は無口でどうにも話にならんわ」
「故郷帰ろかな」
弾丸のようにタコ焼き屋はしゃべり続ける。
「故郷って大阪ですか?」
ハルミは、まあそうだろうなと内心思いつつも聞いてみた。
「いや、大阪ちゃうで。北海道や」
「え?何で?大阪弁なのに」
「そりゃタコ焼き屋やるなら、本場きどらなあかんやろ」
何故かタコ焼き屋は胸を反らした。確かに怪しい大阪弁ではあった。ハルミは「この人なんなの。あーおかしい」
と大笑いした。

タコ焼き屋が自分の店に帰ったあと。
「悪い人じゃないのよね」
ハルミはつぶやいた。店をたたもうかというのを聞いて、正直驚いた。
いつも軽口を言い合うだけの商売敵。いや、カタキと思っているのはタコ焼き屋だけで、うちとはそもそもジャンルが違う。だいたい張り合うのならイカ焼き屋のほうだと思う。
ちょっとさみしいな、とハルミは思う。そして、そんなことを思う自分に驚いていた。

何かものを思っているような妹の様子に、ケイは(うちの鯛焼き、やっぱり魔法の鯛焼きかもしれないな)と思う。「またタコ焼き屋さんと3人でお茶でもしましょうか」そう言って微笑んだ。

2/5/2025, 4:37:08 PM