「それが見える」
【お題】夜景
あの日見た夜景が忘れられない。彼が告白してくれた思い出の場所。そして、彼とした最後のデート場所。
なんで
私の何がいけなかったの。私の何がダメだったの。教えてくれたらちゃんと直すのに。ちゃんと彼の求める私になるのに。
何を考えても、もう彼は戻ってこない。わかってる。そんなことわかってる。だからこそあの夜景が忘れられなくて、告白されて感動で泣いてしまったことも、別れの言葉に絶望し泣いてしまったことも、それらすべてが詰め込まれたあの夜景が目からこびりついて剥がれない。
ハア、ハア、ハア
呼吸が荒くなってきたところで、これはダメだ、一度落ち着こうと立ち上がり顔を洗いに洗面所へ向かった。
ばしゃばしゃと顔を水で濡らしタオルで拭く。顔を上げ鏡を見ると、そこにはあの日の忘れられない夜景が映っていた。厳密には、鏡に映る私の目の中に夜景が映っていた。
「うそ、なんで」
こんなことありえない。だって私が見ているのは紛れもなく鏡。私の目には鏡に写った私が映るはずじゃない。こんなのおかしい、どうなってるの。
思わず鏡に映るその夜景を見つめる。それはまるで吸い込まれるようで、目が離せなかった。そのうちに視界いっぱいに夜景は広がり、まるで本当にあの日の夜景を見ているかのようだった。頭がふわふわし、溶け込むかのように広がる夜景に一体化するような感覚を覚える。
ああ、何も考えられない。このまま一緒になってしまいたい。辛かったことも全部忘れて、このまま夜景と一緒に美しいままで、溶けて、溶けて、忘れて、_____
A「なあ、知ってる?最近ここらで流行ってるって噂のシャブ」
B「ああそういえば聞いたなぁ。なんでも一般人を狙って女性の間で回ってるとか。幻覚見んだろ?」
C「こえ〜ww俺も彼女に注意しとこ」
B「そういえばお前、彼女と別れたとか言ってなかったっけ。もう新しいのつくったのかよ」
C「だってえ、前の女依存気質でダルかったんだよ。セフレくらい許せよな」
A「ハハハ、お前相変わらずクズだな」
聞こえる真実。崩れ去る虚像。すべて理解した。今はもう、辛くない。
遠のく思考回路を横目に肥大化していく夜景は、それらすべての事象を飲み込んでいく。
感覚だけが残された私はそっと目を閉じ、
それでも夜景は瞼の裏にこびりついている。
きっと、ずっとこのまま…幸せも悲しみもかき消してくれる夜景に依存していくのです。
「明けない」
【お題】夜明け前
夜明け前が好きです。 ずっと、ずっと。
実は、あの日からずっと夜が明けません。夜明け前のまま、いつまで経っても夜明け前なのです。
「ずっと夜明け前だったらいいのに」このセリフを最後に言ってから随分が経ちましたね。「夜なんて明けなければいい。そうしたら辛い1日なんて二度と来ないのに。」あのときの私は本当に馬鹿だったと叱りつけてやりたい気分です。だってあの一言で、夜は明けなくなってしまったのですから。
世界は私を中心に回っている。本当にそうなのかも知れませんね。世界はもうずっと、夜明け前から動きません。私が世界の中心である以上、夜明け前を拒むことはありませんから、世界は私の望み通り、永遠の夜明け前を届けてくれることでしょう。
来世は、真昼の太陽を愛する人間にでも生まれ変わりたいものです。そうすればきっと、世界はまた動き出すのでしょうね。
ぼくの恋
【お題】本気の恋
きっかけは、いつだったか。
いつもはとなりの家から聞こえるこどもの泣き声で目を覚ますんです。ぎゃあぎゃあ喚いて、それを親がうるさいと怒鳴って、その声に(うるさいなぁ)と思いながら目を覚ます。それがぼくのルーティンでした。
ある日、ぼくは死体を見つけました。ぼくと同い年くらいの、小さな女の子の死体です。
その日はいつも聞こえるこどもの泣き声も聞こえず、寝坊をしてしまいました。起きたころにはお昼で、お母さんは仕事に行ってしまっていたので、書き置きされたメモのとなりにある冷めてしまった朝ごはんを食べながらぼんやりとしていました。そのうちに暇になり、気分転換に外に出ました。気が向いたのかいつもはいかない裏山へ。そこで死体を見つけたのです。
きれいな、それはきれいな女の子でした。日焼けのない真っ白な肌に美しく閉じられた目。白い肌に映える黒ずんだ血。それらはとってもきれいで、思わず見惚れてしまいました。目が離せず、心臓が痛いくらいドキドキして、頬が赤らんで、ああ、これが恋なんだと本気で思いました。
そこからはあまり記憶がありませんが、これを見ていいのはぼくだけだととにかく必死に穴をほって死体を隠した覚えがあります。毎日それを掘り返しては、その子を眺め、次第に腐っていく肌とそれでも変わらない美しさに惚れ惚れしていました。
あれから何年、いえ、何十年がたったのでしょう。ぼくは近所の子供に「おじいちゃん」だの言わることがあるけれど、いまいちピンときません。だっていまでもぼくは変わらずあの子に恋をして、変わらず美しいあの子のことをいつまでも変わらない心で愛し続けているんだから。
隣の家から聞こえる泣き声を目覚ましに起きる日々は、あの日から彼女を眺めるために起きる日々になっていました。