お題『夜明け前』
閉め切られたカーテンが、仄かな青を湛えている。
瞳孔の開ききった目でそれを捉え、緩慢な瞬きをひとつ。それから、慣れ親しんだ静寂の中に吐息を溶かした。
もうじき、夜が明ける。
星の影に沈み込んでいた自分の輪郭が、新たな日を迎えた空の微笑みで、薄ぼんやりと浮かび上がっていく。
ただただ枕に顔を埋め、眠りの訪いを待つだけの時間は、良くも悪くもそれで終いだ。
と、ここまできて、ずっと閉じる仕事を嫌々熟していたはずの目蓋が妙に重たい。四肢もなんだか鉛のようだし、思考にも靄が掛かり始めている。
覚えのありすぎる感覚に、思わず天井を仰いだ。いつものこととはいえ、ちょっと本気でやめてほしい。
そんな理性とは裏腹に、身体はやっと顔を見せた眠気を待っていたとばかりに受け入れ、心は親を見つけた幼子のように、穏やかな明けの光に絆されていく。
ああ、今日も勝てなさそうだ。
お題『本気の恋』
「『本気にするとは思わなかった』って……何!?」
強く握ったグラスの中、氷がかしゃんと音を立てる。
目の前にはブルーライトを煌々と浴びせてくる四角いモニター。普段ならその起動と共に繋がっているはずの世界は、先ほど怨嗟の言葉を最後にぶち切ったところだ。
「あんだけ好き好き言っといて言わせといて、“ごっこ”のつもりだったって!? お互いそうだと思ってた、だあ!? ふざけんなっ!!」
どれだけ吐き出したところで炎は醜く燃え上がるばかり。お気に入りのスクリーンショットから初期画像に戻したデスクトップを睨みつける。あれは加工も上手くいって、本当にいい出来だったのに。
「ボイチャもしたのに、そのために一から環境整えたのに! だいたい、先に声を掛けてくれたのは向こうだったじゃん……!」
喜んでくれていると思っていた。同じ想いだと信じ込んでいた。幸せだった。私だけだった。
グラスを口元に寄せて乱暴に傾けた。酒は飲めないので麦茶だ。
溢したし、酔えもしない。
「……くそぉ……」
わかっている。悪いのは私だ。画面の向こう側に本気の恋をするなんて、きっと普通の感性じゃありえない。私の異常性が全ての悪であり、私を切り離した世界が正解で。
だけど。
……だけど。
「…………もう、好きになっちゃったんだよ……」
氷がかしゃんと音を立てる。
叩きつける度胸も無かったグラスから、ぬるい結露がぼたぼたと滴っていた。