『赤い糸』
糸なので強く引っ張ると切れます。
いつかお互いが近づくときまで焦らずに。
無理しないで待ちましょうね。
今じゃない。
あなたを信じています。
今日も私はあなたを想ってスイカの世話をしています。
あなたは今、トウモロコシかキュウリの仕事をしているのでしょう。
大雨のなかで求めるような感情は、もう失くなってしまったけど。
本当にいい天気でしたね。あなたの畑の辺りに入道雲がでてきています。会いに行けるけど、行きません。
まだしばらくは記憶のなかでだけ会いましょう。
私は「お前さえいなければ」と言われて育った。
約30年前、二十歳で私を産み、離婚し、シングルマザーとして子育てをする母は、世間の風当たりや自分のこだわり、周りの友達への羨望、きっと気負い過ぎていたのだろう。
小学生のときに私を祖父母宅に住ませて、まるで子供などいない独身女性のように仕事をしていた。母と会うのは年に3回程度。
子供の頃から生まれてこなければよかった、消えてしまいたいと思っていた。消極的で暗い子供だった。それでも生きてきたのは優しい人に恵まれてきたからだ。
今は子供を産み育てながら農業をし、地域の人たちとなるべく関わるように、忙しく、忙しくしている。
いつか死ぬとき「あなたがいたから」と誰かに思ってもらえるように生きたい。
私が変われたのは夫と子供がいるから。我ながら強くなったと思う。
カップルの「はんぶんこ」は、いつの時代の若者にも憧れがあるのだろうか。
昭和の時代からなんとなく受け継がれてきた相合傘、平成生まれの10代はイヤホンを片耳ずつ、令和は。この先は。見たもの聞いたものをSNSで気軽にシェアできる若者にとって「はんぶんこ」が特別な意味をもつものはなんだろう。
スペイン語で「カサ」と言うと家を意味する。私はあの頃憧れた人と結婚して同じ家に住み、娘2人の相合傘を眺める。