家が近所で、幼稚園からずっと一緒だった友人が居る。
多少の喧嘩はあったけれど、どれも変に長引いたりすることもなく、毎回どちらからともなく謝って、すぐに仲直りしていた。
僕らの仲の良さは周囲からも認知されていて、それを褒められてもからかわれても、僕はどちらも嬉しかった。
その当時、僕たちは特別なんだと、たぶん二人ともが本気でそう思っていた。
高校を卒業して、僕たちは同じ大学に進学した。
同じアパートに住んで、よくお互いの部屋に泊まったりもした。
大学生になっても僕たちの関係は変わらずで、むしろ一緒に居る時間が増えたことで関係はより一層良いものになっていた。
きっと、こいつとは死ぬまで付き合いを続けるんだろう。
そんなことを思い始めた大学三年の春頃、僕たちの関係に変化が生じた。
「……俺、会社作りたいと思っててさ」
いつものように僕の家に泊まりに来ていた彼が、缶チューハイを片手に気恥ずかしそうに言った。
「え、いいじゃん」
無意識に漏れていたその言葉は、紛れもなく本心だった。彼の夢なら応援したいと思ったし、手伝えることならなんでもしてやりたいと、本気でそう思った。
「それでなんだけどさ……」
彼は、僕も一緒に会社のオーナーをやって欲しいと頼んできたのだ。
突然のことに迷いはしたが、特にやりたいこともなかった僕は、その場で首を縦に振った。
僕の返事に、彼はそれを噛み締めるように喜んでいた。見ると、目尻からは涙が溢れていた。
二十年以上彼と過ごしてきたが、こんな喜びかたをしているのを初めて見た。引き受けて良かったと、僕まで嬉しい気持ちになった。
「じゃあ、今日は決起会だ」
バシッと彼の背中を叩いて言うと、彼は涙を溢しながら笑って、残っていたチューハイを一気に飲み干した。
それから、今後のことについて朝まで語った。
話せば話すほど僕たちの間には希望が満ちていった。
無敵とまでは言わずとも、僕たちならどんな困難でも乗り越えられると、本気で思っていた。
しかし思い返せば、その瞬間が僕たちという存在のピークだったんだろう。
在学中に会社を設立し、大学卒業から本格的に力を入れ始めた。
それから、二年も経たない頃だ。
僕と彼は呆気なく離別した。
理由は単純だった。簡単に言ってしまえば、価値観の相違というやつだ。
感覚的には、バンドの解散などでよく聞く方向性の違いというやつに近いのだろうか。しかし、正直自分たちはそんなものとは無縁だと思っていた。
彼と距離が出来てしまった今になって、ようやく視野が広くなった気がする。
お互いの許せなかったこと、譲れなかったこと。今までありもしないと思っていたものが、たった二年で数えきれないほど出てきた。
しかし、それらを思い返せば、『なぜ許せなかったのだろう』と頭を抱えてしまいたくなるほど些細なものばかりだった。
『近しい人とビジネスをするのはやめておけ』
『友達と一緒に仕事をするのは大変だ』
会社を作る前から、似たような警告を他にもたくさん聞いてきた。しかし、自信があったのだ。僕たちなら絶対に大丈夫だという、根拠のない自信が。
「はぁ……」
深いため息が漏れる。自分たちで選んだことなのに、想像以上にショックでつらかった。
大学在籍時、教授らから卒論に総ダメ出しを食らったことがあるが、あんなものとは比にならない程のつらさだった。
それはそうだ。これはいわば、二十年以上続けてきた研究を否定されてしまったようなものなのだから。
「……っ」
また吐こうとしたため息を堪えると、今度は目頭が熱くなってきてしまった。思わず手の平で目を覆った。
「はっ……」
今度は湿っぽい息が漏れた。それも堪えようとしたが、すぐに嗚咽に変わってしまって、もうどうしようにもなかった。
「うっ……うぅ……」
溢れるものを止めようとしながら考えていた。
誰かに教えてほしかった、と。
知らない方がいいことがあることも、近すぎると壊れてしまう関係があることも、なんとなく知っていた。しかし、だったらどうすればよかったのだ。
『やめた方がいい』は飽きるほど聞いた。しかし、『こうすればいい』とは、ついぞ一度も聞くことがなかった。
誰か教えてくれ。
僕たちが信じて疑わなかったあの感情は、友情ではなかったのか。
誰か教えてくれ。
友情とは、近づきすぎると壊れてしまうようなものなのか。
だとしたら、そんな簡単に壊れてしまうようなものが、本物の友情なのだろうか。
誰か教えてくれ。
……僕たちが過ごしてきた二十年は、なんだったんだ。
「今一番欲しいものはなに?」
そう聞かれると、どうにも即答出来ない。
理由は分かっている。無欲だから、ではない。
むしろ、欲張りなのだ。
あれもこれも欲しいと思っているからこそ、一番と聞かれてしまうとあれもこれもと迷ってしまう。
しかし、同時に思うのだ。
欲しいと即答出来ずにいるあれやこれらは、本当に欲しいものなのだろうかと。
辛いときや悲しいとき。
なんで私だけがこんな思いをしなければいけないんだと思う。
でも、そんな思いをしているのは自分だけではないということはきちんと理解しているし、なんなら、自分よりもひどい境遇にいる人たちだってたくさんいるということも知っている。
……でも、それでも。
『あなただけが辛いわけじゃないんだよ』
と、私じゃない誰かにそう言われるのは、どうしても納得できないのだ。
私が思い出せる一番古い記憶は、保育園の時のことだ。
『○○ちゃん、お父さんがお迎えに来たよ』
保育園の先生の声と、出入り口の辺りで佇んでいる父のシルエット。
そんな記憶があるんだということを母に話すと、母は途端につまらなそうな顔をして、
「お父さんが保育園の迎えに行ったのなんて、二回だけだよ」
と。
聞けば、普段から迎えに行っていたのは母だったそうだ。
なんとなく予想通りではあったが、しかし、私は父が迎えに来た時以外のことは何一つ覚えていなかった。
話しながら少し悲しそうな表情を浮かべている母を見て、余計なこと言っちゃったかな……と私が少しばかり後悔していると、
「あんたの子供は覚えてくれてるといいね」
と。
物悲しさをはらんだ微笑みを向ける母に、私は「うん」と頷いたのだが、
「でも、あんたの子供だしねぇ」
と、悲しげな雰囲気から一転、ワハハと笑い出した母を見た途端、先程までの後悔はすっかり消え失せていたのだった。
いつからか、天気予報をまったく見なくなった。
社会人になり、主な移動手段が車になったことが原因だろうか。
今や、車体が埋まるほどの大雪や大雨など例外的なものを除いて、晴れだろうが雨だろうが、そういった些細な天候の変化は日常生活に大して影響がなくなってしまった。
……そう。雨が降るなんてことは、今や自分にとって大したことではないのだ。
思えば学生の頃は、天気予報の雨マークを見ただけで憂鬱になっていたはずなのに。雨に降られながら必死に自転車を漕いで、びしょびしょのまま教室に入っては「最悪だよ~」などと、同じくびしょ濡れになったクラスメイトと笑っていたはずなのに。
元々雨ではしゃぐタイプではなかったし、お気に入りの雨具などを持って気分を上げることもなかったけれど、天候ひとつで一喜一憂していたことは、今でも思い出すことができる。
天気ひとつに対して何も思わなくなってしまったことを、『大人になったんだよ』と言われると、「……そうか?」と思う。
しかし、『つまらなくなったね』と言われてしまえば、「……たしかに」と納得してしまう。
こういう積み重ねが自分を『つまらない大人』にしてしまうのかと思うと、少し空しくなってしまった。