秋🍂
秋で🍂がでるね
落ち葉でも🍂がでる
枯葉でも🍂はでる
さてどれの意味だろう
どれでも🍂ではある
こう言う記号はどう処理するべきかな
好みでは入れたくはない派ではある
とは言え一応はお題である
一応でしか過ぎない
書きたいことがあれば
自分でお題を決めればいいだけで
別にお題に沿う必要はない
お気に入りのモチーフがあると書き易い
私の場合はお題はいつも
書き終えてから考える
実はあまり考えてはいない
なんとなく漢字などをみてて
これでいいかなって決めてみてる
お題から入ると
お題には触れるけれど
結局は書けることを書くだけ
入り口は出口でもある
さて何処から出たのだろうか?
窓から見える景色
前にも同じテーマあったような?
んーまぁいいか
窓からは光が差し込むくらいで
わざわざ景色を見ない
窓の景色としては白い光
窓を見てるって訳で窓の外は見ていない
窓から見える景色は安全だね
境界線がそこにあるから
ある程度は無関係であれる
景色はどうであれ
白い光は見えてはいる
きっと景色を見るにしても空が中心
空を見たいなら
外の方が気分はいいと思う
天気が良くても悪くても
確実にそこに空がいるんだから
何も知らない他人
その視線を気にするくらいなら
いまある自分を見た方がいい
自分にならある程度は手を加えれるから
自分に恥じることの方が他人より重い
誰かの思い込みに
応えてしまっていないかい
あなたが応えれるのはあなたにだけだよ
出掛けるときもあまり外は見ないかも
形の無いもの
形はあるけど形が変わっていく
その道中でなら
あるようでないかも
形の無いようなものでも
離れれば形は見えてくると思う
距離と捉え方の問題
形が判らないものが
そこから見た形の無いもの
形はないが捉え方はある
それが形なんじゃないかと
気持ちとか記憶なんかはそうじゃない
その時には形はないんだけど
後で形にしている
ああそうだったんだなって腑に落ちる
そうなってからは形ではなくなる
解けて何処かに行ってしまう
もうどんな形だったのか判らなくなって
たまに現れたりする
ずっと同じ形を保つことは大変で
必要になるか気がつくまでは
本来は形はないのかもしれない
形にしたとたんに不自由になるものは
形に囚われていて呪っているのかも
形とは捉え方なんだと思いましたとさ
ジャングルジム
公園にあったような
いまはもうないんじゃないの
でかい公園ならあるのかも
なくても困らないと思う
でも子供にとってどうなのか判らない
既にないのが当たり前なのかな
なくても似た遊びがありそう
特に田舎だと
自然は元々危ないもの
ジャングルジムを
問題にしたのは
親や社会に時代の風潮で
それをなくしてもとは思ってたかも
子供にとって危ないものは有り触れてる
危なくないものなんてないからね
簡単に言うと付き合い方の問題ではと
で、ジャングルジム等がなくなって
公園で怪我をする確率が
数%くらいは下がったんじゃないかな
危ないものはいくらでも思いつくし
言えることもなくはないけど
そんなものばかりだし
なんで特別視したのかが不思議
声が聞こえる
なんの声
なんて言うてる
どんな感情
誰に言ってるんだろうね
それでなんて返すつもりなのかな
こうゆう風にひろげる
それに応えていくと割と形になってく
どれかだけを中心にしてもいい
それでもいくつかについては
何故か必然的に書くことになる
矛盾しててもいい
説明が出来ないこともある
形にしたことで見えるものもある
テーマは必然的に己にあるもの
ただ思った通りに書いみたらどうかな
何に載せるかで形を決めることになる
詩、歌詞、小説などなど
ひとまず書いてみて
まずはあなたの為に
そして誰かの為に出直ししてみて
自分は誰かだけに向けて書いてないけど
思ってみたことを書いてみてる
読んで貰ってもいるようなので
有難い限りだと思う
慣れると決めてはいないのに
特定の形になりやすくなるから
色々と読んでみることをお勧めします