薄墨

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12/31/2025, 9:41:56 AM

星に包まれて

12/30/2025, 8:30:02 AM

今日もニュースは、評論まがいの愚痴を垂れ流していた。
コメンテーターだか批評家だかが、まじめ腐った顔をして、したり顔で、やたら学術的にこねくり回した否定的な意見を述べ、それに対して別の専門家か何かが、もっともらしい専門用語で反論する。

街頭インタビューでは、やけに元気いっぱいの大学生が、外面を取り繕って、何も知りもしないくせに、背伸びをしたようなまじめに見える意見をマイクへ訴え、さっきまで隣人の悪口で盛り上がっていたように見える中年の主婦のグループが、全市民の代表みたいな顔で、インタビューに答えている。

テレビに映るそれらを、ぼんやりと眺めた。
今日のニュース、と見出し語が一覧で並べ立てられる。

殺人事件、芸能人のスキャンダル、税金、虐待、新たに生まれた条例、節約術、今月のトレンド、猥褻事件、動物の赤ちゃんの誕生、株価、地球温暖化、インフルエンザの流行情報、外交、豆知識…
醜崇低高入り乱れた情報が、当たり前のようにいっぺんに吐き出される。

頭が鈍く痛んで、手に持っていたスマホの電源を切る。
画面を伏せて、傍に置く。
テレビニュースはやかましく、熱心に、この世界の不条理と、欠点と、危機を訴えている。
これまでの間違いを論い、これからの間違いを危惧している。

そんなに言わなくたって分かっているのに、と思う。
今が絶望的なのも、未来に課題が山積みなのも、人間が愚かなのも、僕の人生が全部間違っているのも、もう自明の理と言えるほどに十分に分かっているのに。

スマホを置いて、顔を上げる。
テレビのリモコンが手に届くところにあったので、電源を切る。
“テレビのニュースが不愉快だから”ではなくて、“リモコンが手に届くところにあったから”テレビの電源を切る僕はやっぱりいろいろ終わっている。

時刻はもう23時を回っている。
明日はすぐそこまできている。
しかし、眠くはない。
すっかり昼夜逆転してしまった僕の体は、夜の闇に眠気を感じない。

静かになったリビングで、窓を眺める。
ひび割れがガムテープで補強された、大きさだけが大きい窓から、夜の空が見える。
街灯に光負けした弱々しい星が、人間失格の僕と、そんな出来損ないに住まわれた味気ないアパートの一室を包んでいる。

眠気はないが、目を開けて現実を見るのもだるかった。
僕は椅子に座り直して、目を閉じた。
そっと。
そして、僕の人生の終結を祈った。

それは、静かな終わりだった。
静かな終わりを期待する、僕のたった一つの儀式だった。

生活感のない、清潔すぎる僕の部屋は、いつもに増して静かだった。
僕は終わっていた。
僕の部屋も終わっていた。

静かな終わりが横たわっていた。

12/29/2025, 8:47:39 AM

心の旅路

12/28/2025, 5:12:27 AM

「なぞなぞだ

不思議な鏡、これなんだ?
普通の鏡、真っ白に
目の前の鏡、真っ直ぐ見ても
斜めに見ても、タネなし真っ白

普通に写って、見えていたのに
その時が来たら、みるみる白く
後ろの椅子も、後ろの壁も、
お風呂のバスタブ、洗面台も
君の顔も、たちまち白く
鏡に写っていたから真っ白
鏡で見ると、すっかり真っ白
まるで、人呼んで、凍てつく鏡

シャワーを浴びてただけなのに
顔を洗っていただけなのに
お湯を出していただけなのに
真冬の寒い日、ご用心!
気がつけばすっかり、凍てつく鏡
真っ白、真っ白、凍てつく鏡!

はてさて、答えはわかったかな?
答えは結論、結論答え

シンキングタイム、お情けあげる!
ゆっくりじっくり考えて
時間は10秒!がんばれがんばれ!



出たかな答え、分かった?分かった?
答えは結露、結露した鏡!
真っ白凍てつく鏡は、結露。

解けたならばさあ、通してあげる!
ここは不思議な、謎の国
どこもかしこも、なぞかけだらけ
気でも狂った、なぞなぞの国!
さあさ、どうぞ楽しんで
逃げ出せるものなら、逃げてみて!」

12/26/2025, 9:01:15 PM

窓から冷気が漂ってくる。
温かい炬燵に足を食われながら、しんしんと舞う雪を眺める。
白い雪は、静かに、容赦なく降り続け、ゆっくりと確実に降り積もっていく。

真っ黒な夜空に、ほのかにくっきりと、白い雪が光って見える。
そうだった。
雪明かりの夜とは、こんな景色だったのだ。
明日は雪かきに出なくてはいけない、そんな憂鬱さを孕みながら、雪明かりの夜は抗い難く幻想的に美しい。

蜜柑の皮に爪を立てる。
三日月状に走った細い傷から、甘やかな瑞々しい香りがふわりと立った。
暖炉の火を閉じ込めたような橙色の皮の中から、真夏の日のような香りがするのには、毎年不思議に思う。

雪明かりは、見かけはほのかに儚いのに、強い冷気を放って、存在感を主張している。
鮮やかな色と香りを、おとなしく手の中で剥かれ、慎ましく口の中へ消えていく蜜柑とは、対照的に逞しい。
そうだ、雪ってやつはそういうものだった。
雪の逞しさ、図々しさを思い出すたびに、私はあの子を思い出す。

南から来た転校生だというのに、雪のように真っ白い色白で、異性から見たら迷わず、守りたいと思わせるような美人だった。
晴れている日が珍しいほどの雪国育ちなのに、いつの間にかすっかり日焼けしている私とは、そういう意味で正反対だった。

けれど、私たちは仲良くなった。
私を揶揄っていた男子に、余所者の分際で、あの子はチャキチャキと言い返したのが、始まりだったと思う。

あんなおとなしそうな顔をしているのに、めちゃくちゃな子だった。
雪が積もれば、犬のようにはしゃぎまわって、滑って転ぶ。
夏になれば、強風が吹いていたとしても荒波の立つ海を見に行き、泳ぎたがる。
私はもっぱら、ストッパー役だった。
あの子のおかげで、毎年、日焼けの黒さも増した。

あの子がここに帰ってこなくなったのは、もう私もあの子もずいぶん大人になって、あの子が離婚してからだった。
あんなに気が強かったのに、あの子は一族の決まりには逆らえなかったらしい。
そして、大事な婚約者にも言い返せなかったらしい。
この雪国のしきたりが、あの子の自由を損ない、傷つけていると発覚した時、私は初めて、あの子のような無茶をした。

奴がいる限り、いや、奴が居なくとも、あの子はもうここへは帰ってこない。
私がそうした。
あの子がここに帰ってくるのは、あの子がしっかり、前のような雪明かりみたいな逞しさを取り戻して、明るいあの子自身を取り戻した時なのだ。

あの子はまだ療養中だ。
ゴタゴタの実家から離れて、南の方にいる。

私は、ここに残って、あの子の一族の結末を見届ける。
それが私とあの子の最後の約束だった。

冷気を撒き散らしながら、雪はずんずん降っている。
夜闇の中に、冴え冴えと、雪明かりが降り積もっていく。
私は蜜柑を一房、口に入れる。
冷たい北の冬の中に、ほんのり、南の夏の香りがする。

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