間一髪、物陰に身体を引きずりこむ。
激しい物音が吹き荒れて、盾にした金属製の何かにぶつかり、甲高い悲鳴をあげさせる。
遠くで、黒い雲が地に横たわっている。
荒くなった息を整え、自分が今身に纏っているであろう、見窄らしさという現実を確認する。
埃にまみれた身体のいたるところが、渦巻くような疼痛をはらんでいる。
息を一つ吸う。
私はまだ生きている。
顔も上げられないほどの突風と衝撃が、一瞬で駆け巡っていく。
乾いた重たい空気は、死と恐怖の匂いを運んでくる。
こうなったのは何故か、誰のせいなのか、それはもはやどうでも良く、知ったところでどうしようもないことだった。
ここが、今、朝あるのか夜であるのかすらも分からなかった。
ただ、こうして戦場に引き立てられてきた平凡な村民の私に分かっているのは、
とうとう私たち人間は、今まで共存してきた山向こうの種族の有り余るほどの畏怖すべき戦力を向けられる矛先となったことと、
いよいよ、竜族と人族の種族の命運を賭けた全面戦争が始まったということの2つだけだった。
物陰に隠れて、目を閉じてみる。
瞼のない耳が、剣呑な音と死と恐怖の悲鳴を拾い上げる。
それが、何度も何度も私に「逃れられない」という現実を改めて突きつけた。
息を一つ吸う。
動く気力を失っている身体を引きずって、上体を起こし、立ちあがろうと足を踏み出す。
その刹那、あれだけやかましかった、辺りの物音が消えた。
澄んだ一瞬の沈黙の中に、遠雷が響いた。
深い紺。
深い深い紺色の、黒に近い奥の奥に、手をひたす。
Midnight Buleに染まる指先と布。
深く青い藍によって。
両腕をめいっぱい広げて君と飛び立つ。
人生初のバンジージャンプ。
「大人になっても、きっと忘れない」
「あなたが好きなものと嫌いなものは、きっと忘れないから」
「何十年経とうと、きっと忘れない」
「あなたのことは、きっと忘れない」
そうやって誓い合った私たちだけど、まさか、この歳になって、あなたを恨むことになるなんて。
「こんな老いぼれに手を貸してくれて、ありがとうね。親切な方ね」
なんて。
穏やかなあなたの、いつまでも愛らしい、シワだらけの笑顔なんて見たら。
ずるい。
「きっと忘れない」なんて約束、蒸し返せないじゃない。
恨もうにも、恨めないじゃない。
丸い目をした愛しいあなたに
なぜ泣くの?と聞かれたから。
大人だって泣きたいときがあるんだよ、なんて、
答えにもなっていない言葉を返した。