雨は、冷たく、衣服を濡らし肌にピタリと張り付かせ、乾くまで離させない。
勢いが強くなれば、雹でもないのに小石混じりの砂利を投げつけられているかの様に痛い。
とても鬱陶しいものだ。
傘で防げど、次は足元に纏わり付き歩く事を妨害する。
恵みの雨と言われるが所詮植物にとってのこと。
そう思っていた。
初めて柔らかい雨に打たれたあの時までは。
バタバタと傘が跳ね返す雨の音を聞きながらまだまだ遠い目的地まで歩いている途中、ふと傘伝いに聞こえた音が止んだ。
目の前の地面は確かにまだ雨を受けて沢山の波紋を作っている。
雨が止んだわけではなかった。
だが、日が差し雨が冷やした空気が仄かに温められ優しく冷えた身体を包み始めていた。
とても奇妙な感覚。
お天気雨、狐の嫁入り、通り雨、境雨。
どれでもない。
とても優しく、静かに、まさに恵みの雨という言葉が合う雨を始めて享受していた。
私は人間なので傘越しではあるが、確かに心が少し豊かになった柔らかな雨だった。
暗がりの中で息を潜める。
壁と天井に手で触れられる程狭くとても窮屈で、快適とは到底言えない。
集中すればすぐ隣でカサカサと何かが這う音が聞こえるような錯覚を起こしてしまいそうだ。
それでも、今はまだ不用意に物音を立てる訳にはいかない。
この世界では勝者こそ正義。
期間は短ろうがその称賛を浴びるのは悪くない。
その時を思えば、この窮屈さにも堪えられる。
どれ位時間が経ったか。
暗い場所でただ息を殺しジッとしているだけでは時間感覚が鈍くなってしまう。
目の前の壁を少しずらせば明るい場所に出られる。
だが、そうすれば勝者になる事はもう望めない。
暗がりに屈した敗北者になってしまう。
それだけは、避けたい。
その時脳裏にふと過る。
もしかしたら、もういいんじゃないか?
もしかしたら、既に終わった後なんじゃないか?
そんな考えがチラチラと浮かんでいると、壁の向こうから人の気配がした。
軽い足音がパタパタと壁の向こうを行ったり来たりしている。
「いないのかな〜」
少し高い声で壁の向こうの人物が呼び掛ける。
身体が強張るのを感じる。
まだ終わっていなかった。
耐えろ。
まだ、見つかるわけにはいかない。
ジッと呼吸も忘れる程、目の前の暗闇を見つめ続ける。
その願いも虚しく。
目の前の暗闇から光が差し込まれる。
「み〜つけた。」