エイプリルフール、とは不思議なものである
嘘をついても許される日とでもいうのだろうか
この日だけは世界は嘘にあふれかえる
人生で一度も嘘をついたことのない聖人でも、この日ばかりは友達に優しい嘘をつくだろう
インターネットを覗けば、それはもうさまざまな嘘を観察することができる
いつも見かけるあの会社、よくみているイラストレーター、好きな配信者…
そんな嘘を眺めながら、私はこう思うのだ
人間とは嘘をつくものである
相手を騙す嘘、自分を騙す嘘、みんなを騙す嘘
わかりやすい嘘、巧妙な嘘
優しい嘘も、意地悪な嘘も…嘘をつかずに生きることは不可能であろう
そこで私は思うのだ
エイプリルフールとは、嘘をついていい日ではなく、嘘をわざとらしく表に出しても許される日、とな
わざわざわかりやすい嘘をつかなくても、私たちは日常の中で毎日嘘をついているのだから
『エイプリルフール』
太陽のような光が私に降りかかる
目が眩んで、しばらく何も見えなかったが
やがてそれが幻であることに気がついた
こんなに輝いているものがあるものかと自分の脳を疑う
しかしそれは現実で、私の目の前に確かに存在していた
『太陽のような』
同情するよ
君みたいな人には
君だけには
『同情』
「買い物行こ」
「急に?」
「そう、急に」
「何買うの?」
「なんでも」
「どこに買いに行くの?」
「街へ」
「街?」
「街へ行こうよ」
「街って、どこの街?」
「どこでもいいよ」
「じゃあ、近いとこ行こう」
「うん」
「ガチャ」
『街へ』
小さい頃から、いろんなふうに褒められてきた
「まるで人形のようだ」
「宝石が生きているみたいに美しい」
「情熱の赤い薔薇のように…」
でも、その言葉の裏はいつも真っ黒
家系がどうとか王族がどうとか、もうめんどくさい!!
そんなことを言って家を飛び出し早1年
今は普通の高校生として暮らしている
友達みんなで遊ぼうって話になって、待ち合わせ場所に着いて真っ先に言われたのが、
「かわいいね、似合ってるよ!」
人形みたいだとか、花のようだとか、そんな洒落た言葉ではないけれど
その言葉の裏には真っ黒なんてなくて、なんだか優しさだけがあるような気がした
今まで聞いたどんな褒め言葉よりも、すっごくすっごく嬉しかった
『優しさ』