『上手くいかなくたっていい』
シャーペンを机の上に置く。右手に出来たペンダコのせいで、人差し指がじんじんと痛む。
「………4時間か」
目の前に置かれた時計は18:00を指していた。勉強をし始めたのが14:00だからちょうど4時間やったことになる。しかし、机の上に置かれた問題集はまだ6ページほどしか出来ていない、本当は10ページほどさっさと終らしてしまいたいのに。親指で人差し指のペンダコをぎゅっと押さえる。こうしておくと、痛みが少し和らぐのだ。
「大丈夫…大丈夫…」
何の意識もせずに呟いたその言葉は、デスクライトしかつけられていない暗い部屋に誰にも聞かれずに溶けていく。
私は受験生だ。でも、志望校も決まってないし、勉強だってたくさんしている訳じゃない。今日こうやって続いているのだって一時の偶然に過ぎない。目標や希望もない。ただ、とぼとぼ歩いて行くだけ。
「…………」
背もたれにガッと倒れ、背伸びをすると、不意に壁に張ってあったとある高校のオープンスクールの紙が目に入る。私の頭なんかでは到底行けそうにない偏差値の高校。
……さっきのは嘘だ。行きたいところはある。でも、私はそれに見合う努力が出来てない。どうせ行けないし、今さらしたところでって感じだし。「お前なんか行けるわけない」って笑われるの嫌だし。情けないし。
―――……は、どこの高校行きたいの?―――
―――んー、俺は□□高校かな―――
アイツ、あの高校行きたいんだったっけ。アイツはすごいよな。頭はいいし、スポーツは出来るし、ゲームも上手いし、モテモテだし…
「…クソが」
ガバッと体制を戻し、再びシャーペンを握る。休憩によって疲労感が少なくなった頭は、どんどんと問題を解いていく。
アイツが出来ても出来なくても、私が出来ないわけないだろ。
情けなくていい、笑われてもいい、上手くいかなくたっていい、未来のことなんて誰も分からないんだから。ただがむしゃらに突っ走っる。それが、今私の出来ることだ。
もう4時間。頑張ってみよう。
『相合傘』
「………最悪だ」
学校が早く終わり、折角だからと家に鞄を置いてコンビニに来たはよかったものの、雨が降るなんて聞いてない!しかも土砂降り!!
光星は、この上ないほど天気予報を見なかった過去の自分を恨んだ。
スマホは何でか家に置いてきたし、携帯があったところでこの時間、親は仕事をしているから結局呼べない、傘を買おうにも金が小銭数円しかなく。止むことを知っていなさそうな雨粒達を眺めながら、光星は頭を抱えていた。
手に下げていたエコバッグの中を見る。ピノ2個、あんパン1個、ポカリ1本。濡れて困りそうなのは、紙のパッケージで出来ているピノだけ。
「………行けるか?」
このままいてもピノが溶けてしまうし、雨も止みそうにないし、このまま突っ切るかなんて思っていると、横から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「光星?」
呼ばれた方向にバッと顔を向けると、兄のそらが傘片手に立っていた。
「兄ちゃん!?学校は?」
「今日は早かったんだ。それよりどうした。お前傘は?」
罰の悪そうに顔をそらす光星を見て、そらは呆れたように溜め息をついた。
「だからあれほど天気予報は見ろと行ったのに」
「だって当てになんないじゃん」
「でもお前、それで毎回痛い目見てるじゃん」
「………ハイ」
その通りすぎて、ぐうの音も出なかった。
「まあいい、ちょっと待ってろ」
そういうと、そらは、頭に?が浮かんでいる光星に傘を預けて、コンビニの中へと入っていってしまった。
もしかして傘買ってくれんの!?なんて思って待っていたら、5分後、エコバッグ片手にそらが出てきた。勿論、傘なんてものは持っていない。
「買ってくれるんじゃないの!?」
「やだよ。昼の飯代でそんなないんだから」
しょぼくれている光星から、預けていた傘を受け取ると、バサッと開き。そっと光星の方に傘を寄せた。
「?」
「?、入らねぇの?」
「えっ!?」
傘を預けられたときよりも困惑する光星を横目に、そらはゆっくり歩き出す。
「入らないなら別にいいけど」
「ありがたく入らせていただきます!!」
雨の勢いも少しだけましになり、雨音も心地いいぐらいの大きさになってきた帰り道。
そういやこいつそういう奴だったなと、思いながら光星は兄の隣を歩いた。