チクタクチクタク、規則正しい音が続く。
この冬、私はいわゆる自殺をした。
もうにもならなかったから。
終わらない勉強、取れない点数。
怖くて怖くてたまらなかった。
死ねば、楽になれるって思ってた。
だがどうだ。
起きれば真っ白な場所。
時計の音。
病院だった。
あともう少し発見が遅れていたら、私は死んでいたらしい。
じゃあ殺してよ
もう終わらせたいんだよ
ずっと後悔してて
もっとこうすれば良かったとか
考えるだけで胸が張り裂けそうなんだよ
死にたいの
生きてたくないの
消えたいの
本当はね、消えたいとか死にたいとか思ってるよ。
痛いやつって思われたくないから言ってないだけ。
努力しても報われない。
好きだったものだって見るだけで苦しくなる。
テストで赤点を取るたびに、赤ペンで目を潰そうとした私の気持ちなんて分からないくせに。
応援してる?あなたならできる?
できなかったじゃん。
中途半端に手なんて差し伸べないでよ。
信じた私が馬鹿だった。
愛で世界が回るわけない。
言ってよ。お前には無理だって。全部諦めろって。
あなたがそういうことを言うやつだったら、
そうやって茶化してくるやつだったなら、
私だって諦めることができたのに。
あなたがくれた安心はもう消費しきっちゃったんだ。
今はあなたといればいるほど苦しくなるだけ。
でも、あなたがいない人生なんて考えられない。
この不安は雪のように溶けるから、なんて嘘をつかないで。私の頭を撫でないで。
きっともう悪夢にうなされる私を起こしてくれるあなたは居ないのだろう。その手を振り払ったのは私だ。
さようなら。
どうしてってそんなのわかってる。
勉強しなかった俺が悪いんだろ
あんたの言ったことを守らなかった俺が悪いんだろ
でもさ、これだけは言いたいんだ
あんたのところに生まれたのが俺でよかった
俺じゃなかったらお前はきっと刺されてる
俺が意気地無しでよかったな
どうしたってもうだめだから
12月30日、バイトはお盆休みで無い。だからって遊びに行こうにもこの大雪。雪だるまを作る程の元気もない。こういう時は大人しく、こたつでみかんを食べるのが吉だ。
それにしたって暇なので、メッセージアプリを開く。幸運なことに、何人かはオンラインになっていた。適当にスライドしていくと面白そうなものを見つけた。
『質問箱・1年を振り返って』
さて、何を書こうか。
「死にたくないんだ。」
柚音はそう言った。柚音とはかれこれ6年の付き合いになる。中学2年生の頃に知り合い、高校はたまたま同じところで、進みたい大学も同じだと分かり、この友達未満の関係は続いていった。柚音には私と違い、仲の良い友達がたくさん居るはずなのに、何故か私にそれを告白してきた。
『死にたくない』と。
とはいえまだ私たちは大学生だ。まだ人生の折り返し地点にも辿り着いて居ないだろう。末期の癌が見つかった、とかでも無いようだ。彼が否定した。
「どうしてそう急に?」
「もうすぐテストあるじゃん」
「まあ、そうだね」
「俺勉強してないんよ、あんまり」
「そうなんだ」
「直前になって焦ってきてさ」
「そりゃそうだろ」
「どうして勉強しなかったんだ、って思って」
じゃあこの話している時間を勉強に使えば?とは言え無かった。彼がどことなく、本当にどうしようも無くなった顔をしていたからだ。彼はまた口を開いた。
「そうした時に、なんていうかもう死んでしまおうかって思ってさ。」
いつも明るい彼とは思えないことを言われて、何も言えなかった。悩み事なんて何も無いと思っていた。今日呼び出されたのだって、勉強を教えて、とかだろうと勝手に考えていた。彼は続ける。
「これ以上このどうしようもなさを感じていたくなくて。寝る前の時間が、とても長く感じて。」
「...そう」
「これ考えている暇あるんだったら勉強せいや!って感じなんだけどね。きっとみんなそう言うんだ。」
「だから、俺を?」
「うん。ごめんね、友達でもないのに」
「いいや、別に大丈夫。友達じゃないから、柚音の仲間に話す心配も無いだろうしね」
「本当に、俺はずるいやつで、嫌なやつで、こうやって被害者面することしかできないけどさ、」
「うん」
「いつか大人になって、幸せになった時に、今日のことを肴にして笑えたらなって思う」
「うん」
「そもそも卒業できるかわかんないけどな、大学」
「そこはちゃんと卒業してくれ」
あはは、と笑い合う。いつもの彼に戻ったようだった。その事に安心したことをよく覚えている。心理学なんて学んでいなかったから適当に相槌を打つことしかできなかったから。
あれから何年も経った。柚音が今どこで何をしているか、元気でやっているかなんて今の私には検討もつかないが、どうか健康で幸せになっていることを願う。
卒業アルバムを見ながら、そんなことを考える。少し煤けた写真にはいつの日かふざけて撮った、笑い合う私と柚音のプリクラが貼ってあった。