ぼくのお兄ちゃんは優しい。昔からずっと、お互い高校生になった今もぼくをたくさん甘やかして可愛がってくれる。
「お兄ちゃん、近所でお祭りやってるんだって!一緒に行こう!」
「え、今から?」
目を丸くするお兄ちゃん。当たり前だ、さっき晩ご飯を食べ終わったばかりで、そろそろお母さんに早くお風呂に入れと怒られる頃合いだろうから。
「なにかしたいことでもあるの?」
「うーん……強いて言うならかき氷食べたいけど、別に特別したいことはないなぁ」
「? ならなんで……」
「久しぶりにお兄ちゃんと遊びに行きたいだけ!」
とびっきりの笑顔で答える。そう、ぼくはお祭りにこだわっている訳ではない。ここ最近忙しそうだったお兄ちゃんと遊びたかっただけなのだ。忙しそうだったならゆっくり休んでもらうべきなんだろうけど、本当に疲れていそうだったらさすがに誘ったりしない。
ぼくはお兄ちゃんに愛されているという自負がある。自惚れでも自意識過剰ないと、自信を持って言える。だからこんな無茶を言うのだ。ぼくのことが大好きな優しいお兄ちゃんが、ぼくのお願いを無下にするはずがないと。
「……もう、しょうがないなぁ」
呆れたような表情の奥に見える、ぼくだけに向けられる慈愛の眼差しが、昔から大好きだった。
「急だし、あんまり長居はしないからね」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
優しい優しいぼくのお兄ちゃん。大好きな自慢のお兄ちゃん。高校生にもなってこんなに兄にべったりだなんて、普通は恥ずかしいことなのだろう。でも、もう少しこのまま。お兄ちゃんが一人暮らしをするとか、いつか離れるときが来るまでは、このままでいたい。
「早く!早く行こう!」
「先にお父さんとお母さんに言ってから!」
「そんなに大きな声で話してたら丸聞こえよ。あまり遅くならないようにね。気をつけて行ってらっしゃい」
「ほら、ちょっとだけど小遣い。楽しんでこいよ」
「わ、ありがとう」
「お兄ちゃん、早く早く!」
「わかったから!」
「ふふ、相変わらず仲が良いわね。お兄ちゃん、よろしくね」
「うん」
「「行ってきます!」」
「昔はよく、弟と一緒に公園で遊んでたんだ」
公園の前を横切ろうとしたとき、唐突にそう言った彼は、普段はそこまで自分のことを語らない。いつも周りの奴らの話をニコニコしながら聞いて、時には笑い、時には優しくアドバイスをする、みんなのお兄さん的存在なのだ。
そんな彼が語る、恐らく俺にだけ聞かせてくれるのであろう彼の小さい頃の話。
「へぇ。ブランコ押してあげたりしてたのか?」
「してたしてた。お互い小さかったから、力的にもそうだけど普通に危なくてちょっとしか押してあげられなかったんだよね」
少しずつ幼い頃の思い出を語りながら、公園に入っていく彼。その足はブランコではなく、ジャングルジムの方へ向いていた。
「でも一番遊んだのはジャングルジムだったなぁ。最初は弟が登るのを手伝ってたんだけど、だんだん登るの上手になっていって、ある日突然“どっちが早くてっぺんまで登れるか競争しよ!”って言われてね。流石にわざと負けたの。でもそのうち更に登るのが早くなっていって、本気を出しても勝てなくなっちゃった。あの子、ジャングルジムの才能あったのかな?」
「なんだよジャングルジムの才能って」
ジャングルジムを通して、まだ小さい頃の弟の姿を見ているのだろうか、彼の目はみんなのお兄さんではなく、たった一人の可愛くて仕方がない弟を見守るたった一人の兄の目だった。
「やっぱお前良いお兄ちゃんだな」
「そー?まあそう思われるのは嬉しいよ」
「そーだよ。俺もオニーチャンだけどそこまで弟に構ってやったことねえわ」
「構ってあげたら?喜ぶんじゃない?」
そうだろうか。絶賛反抗期中の弟を思い浮かべる。……うん、間違いなくウザがられる。でもまあ、本気で嫌われている訳でもないし、何より俺がその気になってきた。
「早く帰って、構ってやるかー」
「お、頑張れお兄ちゃん」
そう言って彼はジャングルジムから離れる。コンビニに寄らせてもらって、お土産も買っていこう。待ってろよ弟よ。俺だって、お前のことが可愛くて仕方がないお兄ちゃんなんだからな。