/my heart
心は百面カットグラス
磨きあげられた技術で
透かせば8つの矢尻のかたち
8つのハートの輝きが見える
心はカットグラス
まっすぐだった面の縁が欠け
ハート型は傷つき
矢尻にいばらの棘が生え
刺した誰かを
もっと傷つけてやろうと構えている
そんなになってまで
生きてかなければならないの?
なぜきれいなまま
十年、百年経てないの?
と思うけれど
春の陽に透かしたらきっとわかる
内側の大きなひびに阻まれ
反射する光が山陰からの日の出のように
まばゆく目を灼(や)き散る──
ほらわかる、
心をくだき
心を割ってでも
光が生まれようとしているのが
/バカみたい
自分に言えばいいのに
僕に言うから
君の
バカみたい、は
僕の内側にぶつかり
小さく冷たく底に転がった
僕はその場で君を張っ倒してやりたかったけど
──まさか、
ここは文明社会
僕は黙って帰った
コンビニで肉まんひとつ買って
ふた口に押しこんで食った
君が君に言ったことだって
わかっているんだよ
ただ、
小石だって当たれば痛い
君が君を持て余していることなんて
ずっとわかっているんだ──
だから僕は今日も爪先を凍らせながら
君の
バカみたい、を
ころころけとばして石蹴り。
/夢が醒める前に
この夢がさめる前に
スープを飲んでしまおう
きみと向かい合った席
森の中に置かれたテーブルひとつ
山羊の頭の給仕が来て
平たい皿は黄金(きん)色に湯気をあげる
ずっと愛していたよ
はるか昔に離れたきみと食卓を囲めるなら
これ以上のことはない
伝えられなかったこと
伝えなかったことも
いまはたちのぼる湯気になり喉にとける
お匙をお取り
ぼくらの間には昔
確かにこんな日々があった
愛していたことを
忘れないように
スープを飲んでしまおう、夢がさめる前に
/胸が高鳴る
どん・どん・どん・どん
ノックみたいなそれは
わたしの胸で震える血と肉の音
どん・どん・どん・どん
いつのまにか
ほんとうにいつのまにか、だ
わたしはスタートラインに立っている
どん・どん・どん・どん
ウソだろ こんなの
ただの線だと思ってた
道路工事のチョーク
アスファルトの継ぎ目
そのくらいにしか見えていなかったのに
跨ごうとしたその向こうは急な下り階段
(ほとんど崖、)
後ろからはもう人が来てるし
見てるし
どん・どん・どん・どん
ものごとってこんなふうに始まるの?
爽やかな朝とかに始まるんじゃないの?
ねえ、
ひとりぼっち
フラッグも振られず
ピストルもなしに
なし崩しに跨ぐスタートラインから
風が吹き上げ目に入る
悲鳴をあげながら
わたしはもうなんだか笑いだしている
/不条理
どうしてこいつといるのか不明。
どうして離れられないのか不明。
落とした財布が戻ってくる。
アパートのベランダから飛んだTシャツはぼろくてそろそろ捨てようかなと思っていたのに、共同ポストのとこにハンガーでかけてある。
どうしてこいつが隣にいるのか不明。
どうしてラーメン一緒に食ってるのか不明。
いらないものは即ポイしてきた。
じゃあねといって背を向ければ追っかけて来るやつはいない。
あたりはいつもクリーンだ。
丸まって寝ている。
ぶつぶつ寝言を言う。
頼りない背中に毛布をかける。
部屋はきたない。
こいつが来てから。
ものが増える。
きたなくなる。
これがいいことなはずはない。
と思うのに、鞄から落ちたポケットティッシュさえ落としましたよと声をかけられるから拾わないわけにいかない。
ああ汚い、汚い、
ごみの隙間が、あたたかい。