ハイル

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9/14/2023, 1:09:16 PM

【命が燃え尽きるまで】

 磔にされた私の足元で、炎がパチパチと音を立てて徐々にその威力を増していく。
 周囲を取り囲むのは有象無象の民衆だ。皆下卑た笑みを浮かべながらこちらを見上げている。
 一人の男が言い放つ。

「悪魔に魂を売った卑しい魔女め!」

 その一声により、周囲の有象無象もあとに続く。

「このアバズレが!」「あれもお前がやったんだろう!」「早く死んでしまえ!」

 一人が石の礫を投げると、同じように礫がいくつも投げられた。例え小さな石であっても、それが一定の距離から力を加えられて投げられればそれなりの拷問となる。
 下半身を覆い尽くし始めた炎に包まれながら、体中を礫に痛めつけられ、苦痛のあまり私は獣のように呻いた。

「うあ、うあああああ‼︎ うぐああああ‼︎」

 思考はこうも澄んでいるというのに、口から吐き出される音は言葉にはならなかった。
 煙が肺に入り込みいやに息苦しい。朦朧とした意識の中で、私は周りを取り囲む悪魔共を睨み付けた。
 悪魔共は、磔となった私の周りで笑っていた。人間の皮を被って、気味の悪い笑顔を貼り付けていた。
 私は呪った。この境遇を、周りを取り囲む悪魔を、この世に人間として生を受けた自分自身を。
 この身が焼け爛れ命が燃え尽きるまで、ジュクジュクと皮膚が溶け始めるのを感じながら、私は全てを呪い続けた。

9/14/2023, 2:54:44 AM

【夜明け前】

 無限に広がる夜空の果てから、わずかな光がぼんやりとにじんできた。橙色をしたその光は、まるで夜空を侵食しているかのように範囲を広げていく。
 夜が明けようとしているのだ。
 鉄橋に作られた歩道の中心に立っていた私は、眼前に広がるその景色に見惚れそのまま身を投げ出しそうになる。しかし、すんでのところで立ち止まった。静かにその姿を表した夜明けは私を魅了しその場に縛り付け、橋の上から乗り出した半身を引き戻らせた。
 鉄柵についた朝露が掌を刺激して、私は今生きているんだという自覚が湧いた。
 ひゅう、と清涼な風が私を覆って通り過ぎる。
 下に流れる渓流からは水と岩がぶつかり合う騒々しい音が絶え間なく聞こえる。
 私はその上で、ぼうっと夜明けの姿を眺めていた。
 実際にどれくらいの時間そうしていたかはわからない。永遠とも取れる数十分だったかもしれない。景色に没入していた私の耳に、ブロロロと機械音が混じった。
 その音は私の丁度背後で止まる。私は音の主の方を振り返った。
「おうい、嬢ちゃん。こんな時間に何してんだい」
 私が振り返るのと同時に、口周りにひげを蓄えたタンクトップ姿のおじいさんがそう声をかけた。薄汚れた軽トラ、その荷台には野菜だかなんだかが入ったカゴが積まれている。
「いえ、ただ景色を見ていただけです」
「ああ、そうかいそうかい。なんだほら、嬢ちゃんの後ろ姿があまりにも寂しく映ってよう。こっから落っこちまうんじゃねぇかってつい声かけちまったよ」
「あはは、ご心配ありがとうございます」
 おじいさんは年不相応に愛らしく破顔し、先ほどと同じようにブロロロと軽トラを発進させた。軽トラの背中が小さくなるのを見送って、私はもう一度景色に振り返る。
 ほとんどを橙色の光に覆われた夜明けは、私にまばゆい光を浴びせる。あまりにもそれが眩しかったので、私は手を使って目の上に影を作る。
 ふう、と一息ついて夜明けに背中を向けた。すぐ横に綺麗に揃えた二足の靴を履き直し帰路につく。
 周囲の山々からは蝉や野鳥の鳴き声が響き渡り始めていた。