【夏】
「うっさい」
トタン屋根を叩く雨粒と、その上の、灰色に畝る雲に抗議してみる。時は7月上旬。やっと夏になると思ったのに。なんだよこの陳腐なお天気は。
去年の今日は溶けてしまいそうなほどに青い空だったのに。
梅雨は嫌いだ。
外で何が起きるかわからないような不規則な雨も。
いつ置いたか分からない花瓶の中の夏の花も。
「誰がうっさいって?」
「蠅だよ、蠅がいたの。」
…まさか天気に文句を言っていたなんて言えない。
「そうだ、花火大会ちゃんとあるって。雨は夕方には止むらしいわよ。」
「……ふーん。」
「良かったわね。」
何が良かったねだ。子供扱いして。
仏壇に置かれた、白い花瓶に映えていた向日葵はもう色褪せていて弱々しい。まったく、花火より先にこれを取り換えようって気は起こさないのかよ。
素足にサンダルのひんやりした感触が心地よい。
しっとり濡れた細い一本道は、広い空き地にたどり着く。そこにはこの日にしか現れない、大きな大砲のようなものが重々しく居座っている。
3年前、妹は向日葵とか花火みたいな満開の笑顔で花火を見ていた。
彼女にとって最期の。
涙は出なかった。
あと1時間もすれば火の花が夜空に大きく開く。
『今年はちゃんと花火が見れそうだよ。』
小さな黒い額縁に納まった3年前のままの妹に話しかける。
去年の花火は自分にはぼやけていて、滲んで見にくいことこの上なかった。
今年はきっともう、大丈夫だ。
【落下】
『ねぇねぇ、知ってる?お星様って、お月様とけんかすると、ぷいってなって地球に落っこちて来るんだってー』
繋がっている私の手ごと、星楽くんは無邪気にやっと星が見えかけてきた空に指を差す。
『おばあちゃんが言ってた。』
『…ふーん。』
誰から聞いた?!なんて反射的に言葉が出そうだった、あっぶねー。
『そういえば僕をおなか空いたなぁ…。』
あぁそっか。
『綿菓子…的なのならあるよ。』
『綿菓子ってぬいぐるみのなかみのこと?』
え。
『ふわふわの白いのがあってねーおばあちゃんが綿あめだよって。』
……おいおいおばあさん…孫に何教えてるんすか。
『まぁ…ぬいぐるみは囓るんじゃないよ。
ほら、ここにたくさんあるから。』
手を伸ばして風に舞いそうなふわふわを千切る。
【世界の終わりに君と】
“世界を終わらせる武器はなんだと思いますか?”
数年前に同期たちと受けた授業を思い出す。
子供の頃の僕は1人、大昔の懐中時計を改造しようと弄くりまわしていた。
そんな“捻くれ者”の僕がおそらく形ばかりのお偉いさんに腕を買われてー自慢じゃないが、成績トップで、この軍隊の技術士官とかになったのは2年前。
ありがたいことに、庶民には決して手の届かない機密も文献も、それっぽいことを言えば簡単に閲覧できる。楽しい。
調査のという名目で勝手に作った大昔の船や戦闘機の模型も、かなりリアルだと自信がある。
でも世界情勢とか仕事に興味はない。
10年前に4つに分断された世界はそれぞれ国民を豊かに暮らさせることと、兵器の開発に勤しんでいる。1つ言うならば、国内の様子はどこも同じ様なものだと言う事。
国民は気ままにのうのうと暮らすだけだ。
まったく、へらへらした顔には辟易する。
医療も科学も人々が何もしなくなるには既に充分で
美しい芸術も、心踊る物語も、今まで作られたものがたくさんあった。
だが、それらは所詮暇つぶし。新しいものが生み出されることはなかった。
……大きな学校、派手なアトラクションの遊園地…
それも今日で終わりだとか誰も知らないな。
あと一時間か。
平凡な月曜日、8月15日の午前6時。
政府が秘密裏に勧めた超巨大な爆弾が,実験と称して遠くの海で爆発する。
奇しくも4つの陣営が同時に。
暇つぶしで片っ端から集めた情報と、
戯れに書いた計算式を信じたくなかった。
自分の腕が落ちただけであってほしかった。
ーガタンッ
嫌な気分だ。
僕は引き千切るようにドアノブに手を掛ける。
明けかけた日に向かって駆け出す。
こんなむさ苦しい部屋で最期を過ごしてたまるか。
世界を終わらせる武器は何だ?? 原子力? ウイルス?
違う、そういう意味じゃない。
5年前、海辺で出会った少女。密入国なんて見つかれば捕まって、酷い目に遭うなんて君のとこでも同じはず。なのに、
『イルカを見たくて』、と言っていた。
明日への希望がなくなって、やる気も精神力もなくなったときを、人は終わりと表現する。
だから
“捻くれ者”の僕と、“愚か”と言われた君。
黒い髪の僕と碧い瞳の君は気付いてしまった。
既に死んだような世界だったと。
湊に着いた。
涼しい朝の風に、結えられた金髪が柔らかく舞う。
透き通るような青い目が僕を写す。
こんな美しい色を僕は他に知らない。
放射能で汚れた世界からまた生命が発生するにはどれくらいかかるだろうか。
海で炭素とか水素が化合して、それからー
まぁいいや。
終わってからもどうせまた始まるだろう。
暖かい白い肩に触れる。
夢を抱いてもがき続けた君。
今やかっこつけの道具になった聖書とやらに出てくる女神はきっとこんな感じか、
君と一緒に海から見る世界の終わりはきっと美しい。
もうすぐ時計の針が重なる。
語り合った夢がいつか叶うことを願って
『世界の終わりは、君とー』