天国と地獄と聞いたら人は何を想像するのだろう。鮮やかな水色に白い雲が浮かんだ青空の楽園、赤黒い血の匂いが漂い逃げることができない奈落の底、人々が思い浮かぶ天国と地獄はこんなイメージだろう。
じゃあ、僕がいるこの世界は一体なんだろう?
疑問に思った僕は辺りを見渡した。ここは見渡す限り何もなく、ただ純粋な灰色が僕を包んでいる。出入口も、絵本に出てくる様な天使も悪魔もいない。この世界は天国とも地獄とも捉えようがない無の空間であった。
僕はついさっきこの世を去った。だからここは死後の世界のはずだ。
誰も何もない、ただ僕一人の世界。
僕は徳も罪も何一つ積んでいない。だからこの世界には灰色の無、しか存在しないのか。
僕はその場に座り込み、存在しない空を仰ぎ見た。想像してた通りである、空はなく、変わりに灰色の霧がかかっていた。
そういえば、死ぬ前の空色もこんな感じだったか。この空も僕と同じ気持ちなんだなと感じてたの今でも覚えている。
……あ、だからなのか…。僕がこの世界にいるのは。
僕は唐突に、何故自分がこんな無の世界にいるのかを理解した。僕は“懺悔”をしに、ここに来たのだ。
人は徳を積めば天国に、罪を犯せば地獄に行くとされる。僕の犯した「コレ」は罪にはならないらいしが、決して許されない行いでもあるらしい。
懺悔と知って何を悔い改めることができる僕にはわからない。けど僕と同じ道を辿って欲しくないと強く願った。
願う度に僕はあの光景を思い出す。灰色の空の下で、楽になることだけを願って灰色のコンクリートに身を投げたあの日の記憶を、
題名 『天国にも地獄にも行けない少年』
9月17日、今日はお月見の日だ。運のいいことに灰色の雲が一つも掛かっておらず、黄金色の月が夜の町を照らしている。
亜佐はそんな今日を持ち望んでいたのか、胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべていた。
椅子に掛けていた上着を羽織り、亜佐は庭に出る。庭の中心にはあらかじめ用意していた望遠鏡がポツリと置いてあった。亜佐は望遠鏡を覗きこんで、慣れた手つきでピントを調整する。最初は輪郭がはっきりとしなかったが、丸みを帯びた月が少しずつ現れる。10秒も経たない内に望遠鏡に写し出された月は、写真集と同じ神々しい光を放った満月だった。
クレーターの形から今日はウサギがいるのかなと子供じみた考えに微笑を浮かべた亜佐は望遠鏡から顔を遠ざける。そして、真上に浮かんだ月を仰いだ。
今日は亜佐一人だけのお月見だが、本来ならもう一人いた。亜佐のルームメイトであり、友人の花である。本来なら今日、亜佐は、花と二人ぼっちでお月見を楽しむはずだった。だが花は今年の夏からパリに行った。将来パンのお店を開きたいと言って、勉強のためにここを出ていったのだ。あの時は亜佐は快く花を送り出したが、本当は寂しくて仕方がなかった。
亜佐は鼻をすする。秋の夜は思っていたよりも寒く、上着だけでは耐えしのげないらしい。もう少し暖かい格好をしようと考えた亜佐は家に戻ろうとする。
その時、冷たいながらも優しい風が亜佐の頬を撫でる。亜佐は再び月を仰いだ。
花も同じ景色を見ているのかな。一緒に見れなくてもいいから、この変わりない月の光景を共有したいな。まあ、向こうは昼だろうし月は出ていないか。
足元に視線を下ろすと亜佐は苦笑いを浮かべる。くしゃみを一つして、オレンジの明かりが付く家の中に足を踏み入れた。