【落下】
ただ今、高さ50メートルの位置におります。
地面がとても遠く、地上の喧騒からも離れております。風が構造物に当たる音が聞こえております。
で、私が乗っておりますシート。落下いたします。
自慢の超高速タイピングで入力しておりますが、そろそろ落ちそうです。
係員にバレてはいけないので、スマホはジャケットの内ポケットに押し込んでから、飛び出ないように握りしめておきますね。
ではまた。
…………
書きたくなったら書く。それが私の仕様だった。
書きたいという衝動の種類は、詩から、小説、エッセイ、評論まで多種多様だった。
学生時代の私は、講義中、部活中、葬儀中、食事中、移動中、あらゆる最中に衝動に襲われては、その衝動の言いなりになってきた。
食事中、家族に注意されたし、移動中にもスマホをポチポチしていたので、よく轢かれそうになった。
いやはや。トラックが私を引き摺って泣き叫ぶことにならなくて良かった。身体が軋んで血飛沫が舞う姿なんて見たくないよね。
ついに社会人になった。会社に入っても作品を執筆していた。それも社内で。それも「就業中」に。私は書きたくなれば書いてしまう仕様なのだから仕様がないと、心の奥底では思っていた。
ちなみに書いていた作品は、先輩が超絶イケメンで優しい男だけど、心の内では様々な葛藤を抱えていたらどうしようという趣旨の作品である。
それが上司にバレた。さらに、私の仕様はどうしようもないほど理解されない。そのまま改善することができず、私は退職することになった。
もう無理。もう全て忘れたい。
そんな気分を一新すべく私は、遊園地を訪れた。
スリル満点の落下系アトラクションが良いなぁと思って、フリーフォールへ足を運ぶ。平日の昼は空いていて、すぐに乗ることができた。
シートに座って少し待っていると動き始めた。ギューンと機械音が聞こえて、どんどんと高度が上がっていく。
が、同時に衝動が急激に高まってきたのである。
私は隠していたスマホを取り出して書き始めた。
【未来】
未だ来ない
遅れてくると
LINE来た
【1年前】
1年前と比べて生成AIはさらに進歩した。
AIとの創作で楽しい思いをすると、
その時は後で読み返そうと思う。
でも、読み返されるのは拙作のみで、
1年前にAIで生成した作品が読み返されることはない。
【好きな本】
「好きな本かぁ。私、本を読まないから分かんないんだよね」
学校からの帰り。歩道を二人が歩いている。彼女は続けて話す。
「アニメとかなら好きなのあるよ。『ぼっち・ざ・ろっく!』とか、『薬屋のひとりごと』とか、『SPY×FAMILY』とか好きだなぁ」
「そうなのか。読むのって疲れるよな。アニメの方がキャラの姿や声がよくわかる上に疲れない」
「そう、わざわざ本を読まなくても、アニメの方が楽に楽しくなれるんだよね。元気もらえるんだ。逆に本って疲れる。学校でも無限に文字を見続けないといけないのに、趣味でも文字を見続けるのしんどいんだよね。でも、あなたに好きな本があれば読みたいなって思うんだけど……?」
「僕も好きな本はない」
「え、そうなの? こんな質問するんだからてっきりよく読むんだと思ってたけど」
「……書くことを日々意識していると、書くために読んでしまうんだ。あらゆる本が教科書になってしまって、純粋に楽しめない」
「へぇ、娯楽のための読書じゃなくて勉強になるんだ。でも、勉強を楽しめば良いんじゃない?」
「面白いシーン、優れた表現に出会うと……そうだな……打ちのめされるんだよ……」
「ならさ、どうして好きな本を聞いたの?」
「それは……べ、勉強のためだ」
「ふーん。そうなんだ。私に興味があるわけじゃないんだ」
…………
「いや、君がこの世界をどう見ているのかを……勉強したかったということだ」
「その言い方はガチすぎない? 笑っちゃうっ。興味あるってだけでいいのに!」
「不快にさせたなら、すまないな……」
「ううん、君らしくて、そんなところが面白いよ。でさ、好きな本、じゃなかった、勉強になった本を教えてよ!」
【あいまいな空】
自室を侵す窓からの光。カーテンを閉める。喉の渇きを感じて、水を飲んだ。
しばらく時間が経つ。そろそろ冷蔵庫にある食料が枯渇するということで、買い物に出かけようと思う。面倒だが。
スマホで天気を確認する。曇り。降水確率50%。
実際の天気はどうだろう。外を見る。
…………
空の彩度の落ちて、天井が低くなっていた。
…………
電柱、架線、コンクリート、アスファルトに囲まれて歩く。
晴れの日よりも空間が狭く感じて、家にいるような気分がしないでもない。でも、街は重く沈んでいるように見える。
狭いと落ち着く。しかし、曇りでは中途半端。雨が降らないだろうか。雨が降れば、狭いを超えて包まれることができる。
心の渇きも……癒えるだろう。しかし、この天気じゃ大雨は到底期待できない。
そうしていると非常に微々たる雨が降ってきた。
傘を刺すまでもない量である。その細かい雨粒が時折顔に当たる。雨音などないし、包まれる訳でもないから、退屈凌ぎくらいにしかならない。
あと少しで到着するというところ。
雲の間から強い光が差し込んだ。微々たる雨が降ったまま。
その様子をぼんやりと感じながら進み続ける。
目的地は左側にあるとなんとなく確認する。
私は吸い込まれるように店に入っていった。