俺は何とも無いが、少し低いか。
ソファへ行きブランケットを引っ張り、ぬくぬくのカーペットにくっついた背中に掛ける。
寒いと丸くなって耐える癖がある。
カーペットなんかじゃ風邪を引くだろう。
前髪が目に掛かってる。
顔が見たい。
指先が青みがかった黒髪を払うと、触れた額が冷たかった。
「やっぱり寒いんじゃないか。」
腹が立つ。
もっと大事にしろと言うのに
いつまでも理解しない。
今度は寝室まで行き毛布を引っ張ってくる。
嫌がらせでテディーベアも握って来た。
これを毛布と一緒に腹に突っ込んで、すぴすぴ眠る腑抜けた顔を写真に撮る。
俺のスマホの壁紙にした。
「ふっ、腹が立つのに可愛いな。」
#愛情
#夫婦
夢も希望も無いなら
せめてこのまま"今"が続けと思った。
秋風が窓を叩くのに、彼女は気にした風もなく私の家にいつの間にか居着いた猫を撫でている。
男やもめの本と書き損じた原稿だらけの部屋を、彼女は片付けに通ってくれている。
「今度、カフェーにでも行きませんか。」
彼女はただ嬉しそうに
はい、と答えてくれた。
デェトと言うものに浮かれ、その日は四六時中彼女を見ていた。
普段見慣れない洋装だった事もある。
それから活動写真を見に行こうと、歩く最中。
口が勝手に開いたのだ。
「月が綺麗ですね。」
彼女は、あっと手を自分の髪へ伸ばした。
洋装に似合う三日月の髪留めを私が褒めたと思ったのだ。
「ありがとうございます。」
伝わらなかったのだろう。
私も大概ロマンチストだったのだ。
浮かれて舞い上がる滑稽な男だ。
そう、思っていたのに。
「何時仰ってくださるのかと、お待ちしておりました。」
俯いてきゅっと口の端を結ぶ彼女は、私の幻だろうか。
「漱石様の本は私も読みました。」
「そ、そうか!」
私の気のせいではなかった。
私はそうだ。
活動写真はまたにして、大慌てで簪を見に行こうと誘った。
滅多に無い洋装をした彼女にだ。
その慌てっぷりはまたもや滑稽だろうが、彼女が嬉しそうに笑ったのでそれで良いことにする。
「櫛も、買って良いか。」
「あの、気が早過ぎます、」
「だが、君に似合う。」
ぱしっと痛くも無い指が私の腕を叩く。
「では、私にはタイを選んでくれないか。」
彼女がまた嬉しそうに笑う。
嗚呼
夢も希望も出来たじゃないか。
#キャンドル
ここ2週間、様子が怪しかった。
ちょっと反応が遅かったり
パチパチっと二度反応したりしてた。
それが遂に寿命が来たらしい。
「まじかぁー。」
蛍光灯が遂にうんともすんとも言わなくなった。
困ったな。
真っ暗じゃ落ち着かない。
そういえばと思い出して、職場のお姉さん達から貰ったアロマキャンドルを探す。
「あぁ、火。どうするかなぁ。」
ライターとかマッチとか私が持つには危ない物は、この家には無い。
そそっかしいから。避けないと。
結果、ガスコンロで点けてみた。
はらはらしたわ。ひーひーだわ。
マジ危ないから簡単に試すべからずな。
けど、こうして眺めるのは良いな。
忙殺された1日にも意味が有った気がしてくる。
普段液晶の光ばっか浴びてるから。
たまには眼精疲労を労ってやらないとなぁ。
「ふっ、これ良い匂いする。」
しょうがなかった。
同い年だし親も似た様な歳だから。
二人して親が体を壊したから。
同棲を解消して3ヶ月。
今それぞれの実家に戻っている。
1日1回のメッセージを残すだけで精一杯の日々。
息を吸うだけで苦しい家でもう3ヶ月も過ごしてる。
私達が帰りたいのはこんな家じゃないんだよ。
持って来た荷物を幾ら元通りに並べても
少しも居心地が良くないんだ。
匂いももう分からないんだ。
この家の洗剤は好きじゃない。
でも1日1個は良い事があって。
それをメッセージに残す。
どうかお互いまだくたばるには早いんだよ。
そう願って祈って胸の中で叫んでる。
#はなればなれ
#秋風
ま、待ってよ
まだモンブラン食べてない
読書だってまだ一冊もしてないんだっ、
運動は、まぁあれだ。
仕事してるからそれで間に合ってる筈だ。
柿、秋刀魚、梨、ぶどう、サツマイモ
あぁっ、!
キムチ鍋だってまだ食べてないんだが!?
冬が来る前に、もう少し秋を味わわせて