Lotus**

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5/6/2025, 10:41:56 AM

【ラブソング】


私の母の故郷は、結婚した町の隣町で
家の裏手には田んぼ、その奥に清流、そして山という
絵に描いたような田舎だった。

祖父はその時代にしては大男で、180くらいはあった。
気難しい人で、私の知らないところでは
荒々しく父に食ってかかったり、
怒りがおさまらぬと真夜中にチャイムを鳴らして困らせるようなひとだった。
祖母は素朴で意志の強い、美しいひとだった。
多くは語らないが気丈で、しっかり者。
マーケットに出かけるときはワンピースに白いパラソル、
籐のかごで、行く先々で知人から声をかけられていた。

ある年、祖母は脳梗塞を患い、右半身が不自由になった。
料理がすきで、縫い物も得意な器用な祖母が
絶望して頑なになっていくのはさびしかった。
病院から帰宅しようとしない祖母の姿に
いちばん絶望したのが祖父だった。
食事、洗濯、掃除、近所づきあい
祖母がいないと何もできなかった祖父は、
ひとりで絶望してひとりで首を吊った。
すべてを残してあっさり他界した祖父を私は今も許せない。
祖母は事実を知らぬまま、後を追うように他界した。

母はその頃には、更年期障害を発端にして
父との関わりかたに寂しさを募らせ、
鬱病とアルコール依存をくりかえして数年が経っていた。
祖母の病院、祖父の話し相手という仕事を
となりで一緒にやりくりしてきた私の保護対象は
母に変わった。
母はアルコールから自立できず、
入院した先には私が通って洗濯などを済ませた。
愛煙家だった母は、入退院をくりかえし
私の息子が生まれて半年後、入院先で肺がんで他界した。
見つけたのは看護師をしていた私の同級生だった。
辛い時期もながく、誰かをうらんだり反省したり
西を怖がったり、過去に囚われたり、
母の人生の半分は、かなしいこと多いかったから
旅立ったとき、これで休めるね、と話しかけた。
母がやっと安心しているようで、
演劇で観たことのある台詞が出てきたことにおどろいた。

思い出すのは、あの輝くような夏の田舎の景色。
器用だった祖父がつくってくれた木のうつわ、
夕飯の手伝いをするとよろこんでくれた祖母。
東京へ出てほとんど帰ってこなかった叔父が処分して、もうその家はない。
私の記憶の中だけにある。
土間のある玄関から見えた真っ赤な蘭の花。
その近くにあった汲み取り式の井戸。
鯉のいる池。
裏の田んぼではおたまじゃくしを捕まえた。

母の家族がとき、私はラブレターを書けなくなった。
生きていればそういうこともあるよ、と思う。
だけど、ないほうがよかったよね、とも思う。

5/6/2025, 10:06:22 AM

【手紙を開くと】


咳が続いたと思ったら、熱が出た。
はじまりは咳だけだった。
たいして喉に違和感もなく続いていて、
季節柄かななど思っていたら、今日。
今日のサッカー観戦は諦めた。
ゆうべから喉が痛いなぁ、全身の皮膚が痛いなぁと思っていたけど、
発熱を連想していなかった。

そういえば昔、子供のころ、熱が出て寝込むと
天井が近づいてくる現象がよく起きた。
なにかに押しつぶされるかんじ、
説明ができないのだけど、空間が近づいてきて
こわい、気がする。気がする程度。

あまりにわたしが嫌がるから、母に聞かれ
やっとの思いで言葉で表したのは
「男の子たちのきもち」だった。
そんなモテていたのか、私。
羨ましい。

とりあえず眠る。
眠りたい。

4/22/2025, 6:59:21 AM

【ささやき】


「呼んだ?」
背後から息子が顔を出して飛び上がる
ドライヤーをかけていたので気配に気づかなかった
「…呼んでない」

トイレのドアを開くと目の前に息子が立っていて
ぶつかりかける
「呼んだ?」
「呼んでない」

「お母さんの声やってんけど」

普段、私が呼んだ時はちっとも動かへんやん
誰やねんその声、真似するわ
ほんで怖いねん、その、
近くで「呼んだ?」ってやるやつ…

4/15/2025, 12:31:40 AM

【未来図】



無理に他人と付き合うことの無意味に
年齢を重ねて気づくことが多く、
離れて、ふりむかず、身軽に生きることを知った反面、
自分以外の判断基準や捉え方を知り、見識を広げ
知った上で、
想像と未来予想をもって、
気遣いと配慮をできる人間になりたいとも心から思う。

そのバランスがむずかしい。
なぜなら、生来がそれをできる人間ではないから。
後何年かかるだろう。

物語も小説も漫画も、
ひとの作り出すものはその人から自由にはなれない。
思考回路、判断基準、決断までの道のり。
自分の中にないものは、別の人間にならない限り作り出せない。
泣いたり悩んだり毒を吐いたり反省したり
想像力と経験で、その限界をこえていきたい。

4/6/2025, 3:55:17 AM

【すきだよ】


ひとは、自分の世界を持ち歩きたがるものだ
所属しているカテゴリ、いつもの顔ぶれ、
慣れた空気、いつもの人数、
大きければ大きいほど強い存在感を発揮する
そのメンバーである「自分」

羨ましくてじっと観察する
そういう感性を持てることが羨ましい
自分とは違う感性
興味がある、とても

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