【スリル】
高い木にのぼったり、
背よりも高い台から飛び降りたり、
ジャングルジムでおにごっこしたり、
二階の屋根にのぼったり、
ジェットコースターの高さにわくわくしたり
空に届きそうなビルの上の観覧車で地上を見下ろしたり
子どもの時から、ずっとそんな人間だった
3歳の息子にねだられて乗ったアンパンマンの観覧車
今もし滑車が止まったら
今もしこのドアが開いたら
今もしこのゴンドラが外れたら
想像すると足が震えて、
無邪気に外を眺める息子を膝から離せなかった
あんな怖い観覧車は初めてで、そんな自分に戸惑った
私はあの時、人生でいちばん怖がりだったのかもしれない
ふと思い描いた映像に、叫びたくなって
急いで頭を振る深夜
自分の想像力の豊かさを恨んだけど
そういえば最近はよく眠れる
【飛べない翼】
父の言いつけを忘れて高く飛びすぎたイカロスは
太陽の熱でその翼が溶かされて地上に堕ちた
人間の驕りや、神の領域に踏み込もうとする慢心への戒めの物語と聞くけれど
どうしてこんなにも、自分と重なるのだろう
どうしてこんなにも、無力感にうちのめされるのだろう
父の言いつけを守らなかったから翼を失い
星になった無邪気でとても青年らしいイカロス
私は、あなたが嫌いじゃないわ
【あなたとわたし】
大人の定義 謙虚さの範囲 主張する場所
大切に感じること 自己への認識
ゆるせる弱さ ゆるせる強さ 憧れるひと
知れば知るほど全く違っていたのに
そのことにはたと気づく瞬間を何度も越えたのに
どうして、いつのまに、
こんなに近づいたのだろう
あなたというひと
わたしというひと
似ているところなど何もない
ただわたしが自分と違っているあなたを好ましく思うように、
あなたもわたしを、
あなたもあなたを、
いつだって、笑いながら好きでいてくれるといい
ただそれだけを願う
【ひとすじの光】
幾重にも重なった雲の層
厚いのか薄いのかさえ判らない
白い層、黒い層、風に流されている層、
もっとずうっと上にある層、
雲だと思ったら無数の飛行艇だった
っていうあの映画のあのシーンを思わせるほどずっと上にある層
そこに、
光が入ってくる
重なる層の間をじょうずにぬって降りてくる
人ごみのなかであのひとと目が合うのとおなじように
開けた海岸線からひろがる対岸の空は
何本かの光のすじを通している
あのすじを天使の梯子と呼んだひとの感性を思う
あの神秘的な雲の層の上に神が住まうと
信じたひとたちの日常を思う
【哀愁を誘う】
雨粒は子どものおもちゃ
体よりも大きな傘をじょうずに持てないでフラフラ
水たまりでびちゃびちゃにぬれた靴を、
おどろいた顔で指差しながら私を見上げる
私はそんな彼の傘のてっぺんを指でつまんで、
もう急ぐ用もないからと、立ち止まり立ち止まり、
側道の溝を覗き込みながら家までの道を歩く
こんなふうにゆったりと、
雨を感じることなんてなかった
もしかしたら、雨に哀愁を感じることはもう
できないのかもしれないと思った
そのうち傘をひっくり返して雨を集めて遊んだり
雨の中をわざわざぬれて帰ってきたり
黒くて大きい傘をほしがったり
雨粒もものともせずボールを追いかけていったりし始めて、
あぁ、あの時はあんなかわいかったけど
今もいいな、など思う
雨はやっぱりちょっとせつない