【海へ】
後にも先にも動けない感情にがんじがらめになって
高速道路の外灯も、遠くに見える海も、すべてひとごとだった日々
何の思い入れもなく、何も経験していない
たった数年だったはずなのにとても永く、とても重い
私はちゃんと笑えていただろうか
いいえ、もう忘れましょう、
通り過ぎた踊り場には戻れません
どうせ戻る気もないのだから
記憶から消してしまいたい、
でも、一度知ってしまったら知り直すことはできない
だから更新していくのです
【裏返し】
サイズも形も違和感がないから、案外気づかないのが裏返しです
きれいに裏返っているほど気づかないもの
整えたりしちゃえばなおさら、もうどっちがオモテかわかりません
オモテとはなにか裏とはなにかをきちんと意識しておかないとなりません
【夜の海】
あなたの決断が、いつかあなたを救うように
私は黙ってその時を待ちます
あなたの決断を、私は褒め讃えたい
よくやった、よく決心したと
むずかしい決心だったろう
弱さと強さのバロメーターに怯んで
なかなか判断を下しにくかったろう
夜の海に飲み込まれる前に、
あなたが踵を返すことを選んだのだと信じる
私には、そんなあなたの後ろ姿が見える
【麦わら帽子】
私は彼をとても信頼しているし、とても頼っているし、誰よりも私を知っているとわかっているし、
愛も情もあるし、近い人生を隣で歩く仲間意識もある
会話もするし、会話しない時もある
じょうずに私を甘やかし、機嫌をとり、
そのことでもしかして消耗していたとしても
見放したりせずに近くで笑っていてくれる
もし男性として生まれるならこのひとみたいになりたかったと思うひとのうちのひとりだ
それでも、「わたし」に戻る時間は必要で
その時間はひとりで、ささやかな嬉しさやおもしろさを存分にたのしむ
その時間しか埋められない穴が確実にある
なぜなら、私と彼は別の経験を経て出会ったのだから
そういうものなのだ
麦わら帽子がすきだった
彼が、きみには似合わないと笑った麦わら帽子
【終点】
ある私鉄の終点は、降りると改札階が二層にわかれている
わかりにくさで有名な地下街にたどり着くまでの、
その駅そのものの構造もまたわかりにくい
もう一本の私鉄、地下鉄が3 本、JRのターミナルもあって
私にはもうなにがなにやらわからない
終点は、あるいは始点だ
始まりもおわりも、混沌としている
そしてときおり、無性にあの街に行きたくなる