【病室】
最初の記憶は父方の祖父
そのつぎは母方の祖母
そのつぎは夫の祖母
そのつぎは母
そのつぎは父方の祖母
そのつぎは叔父
…けっこう見送ってるな
姉の子どもたちを迎えた日
息子と初めて会った日もそう、
しあわせとかなしみが隣り合わせの
不思議なあの空気
百万ドルの夜景を見下ろす丘の上の病院、
真っ白な壁を這っていた虫、
まだ幼かった無邪気な息子の笑顔、
明け方の廊下のあかり
くるしくなって目をぎゅっと閉じる
思い出、たいせつな
【明日、もし晴れたら】
私の住む地域では雨がほとんど降っていないことになる
晴れはしばらくいいかな
穏やかな雨が降ってほしい
【だから、一人でいたい】
「ひとりでいる子はモテる」
「大人になったらみんなぼっちやで」
「孤独とのつきあいかたを身につけるのは大切だと思います」
「ひとりで旅行してると、淋しくなりそうで勇気がない」
「自分だけの時間がないと、息がつまって」
「傷ついたらどん底に落としてくれる歌をきくわ 励ましの歌なんてきく気にもならない」
「自分のペースで飲むの、最高ですよ」
「休みの日に誰もいない校舎の中庭で本を読んでると、変なやつと思われそうだけど集中えぐくてくせになる」
「ひとりのときは、自分」
覚えてる「ひとりでいたい」
【澄んだ瞳】
みんな彼女を好きだった
くるくるの髪の毛、白い肌、自然な眉、
小ぶりな鼻、ふさふさのまつ毛
かなしいと泣き、うれしいとよく笑い、
甘えんぼうで、可憐で、女の子らしくて、
ほどよく賢く、ほどよく天然で、
漫画の主人公のような強さも持っていた
ウエストが細くて、お婆さまはもと舞台人だった
黒目がちなその澄んだまなざしで
無自覚にひとを魅了し、心を許させてしまう
「嫌ってはいけない子」
澄んだ瞳で、彼女は線をひく
あなたは、こっちね
わたしとあの子とあの子たちは、こっち
だってあなたは特別なんだから
澄んだ瞳で、彼女は選んでいく
花一匁みたいに、「そうじゃない」ひとを
ちゃあんと見定めて、優しくハンコを押していく
こわいこわい
澄んだ瞳には近づいちゃいけない
【鳥かご】
うちにはうさぎがいる
昼間はゲージのなかでノンビリ寛ぎ、夜になると部屋に放たれてとびまわる
ふわふわのラビットファー、大きな鼻、そろった前歯、肉球のない手足、長い耳、ほんのりあたたかいその体温、おやつの時の爛々と真っ黒になる瞳
かわいくて仕方ないのだが、いかんせん無口なのと
表情がわりと一定なのとで、自分が信頼されているのかどうかいまいち自信が持てない(残念である)
でもひとつのことには自信がある
この子は、「野に放ったらもう二度と帰ってこない」ということ
何かの拍子に公園にでも連れて行き、何かの拍子にパニックになって、何かの拍子にハーネスから脱出してしまったら、もう永遠におうちに連れて帰ってあげることはできない
それどころかおそらく、二度と姿を見ることもできないだろう なぜなら駿足すぎるから
家族全員、公園に連れて行こうと思ったことも、ハーネスをつけようと思ったこともない
ゲージって、おうちって、そういうものなのだ
鳥かごという言葉には、もうすでに別の意味が含まれている
言葉が熟語的に持つ別の意味にひっぱられないように、客観的に使いたい