【入道雲】
とあるひとにすっかり心を占領された
見れば見るほどなんて神秘的
あのひとのちかくに行きたいな
あのひとに触れてみたいな
そんなことを思う自分が浅ましく疎ましい
むくむくと頭をもたげるその思いは罪悪感にも似て
こわいから制服のしたに隠して帰ろう
だれにも見つからないように
だれにも見つからないように
【夏】
夏が好きじゃない。
きらいなわけじゃない。好きじゃないだけ。
四季の中で唯一、思い入れがない季節。
思い出も特にない。だから思い返しても香りがしない。せつなさなのない季節なんて。
芳醇な香りのする季節が好きだ。
つまり、初夏も、晩夏も好きだ。
盛夏は、想像するだけでくたびれてくる。
夏の風という歌を、小学校時代に習った。
夏にふき込んでくる風の爽やかさ、清涼感。
無邪気に空中を走り回って、樹の枝を大きく揺らす。
雲を走らせ雨を呼び寄せ、雷をつれてくる。
ただ夏の風を褒め称え、おもしろがってる歌。
その歌だけが、私の夏だ。
あぁ、でも、
祖母の家の土間の向こうに見えた赤い花は覚えてる。
夏の真っ白な日光の下で、やたら鮮明に咲く赤い花。
【ここではないどこか】
静かに物思いする時間に相応しい一説
この一文を、どこかで見かけたような気がする
どこだったかな
あの詩集だったか、あのエッセイだったか
もはや誰のものでもない、みんなの一説
ビールでも飲まないと照れくさくて使えないほどクサい
だけどあまりに生々しい一説
薄目で見たくなるほど痛々しい一説
なにかがわかってしまうような一説
【君と最後に会った日】
あのひとと最後に会った日、私は笑っていましたか。
あのひとを罵りはしなかったでしょうか。
あのひとに感謝を伝えられたでしょうか。
私を愛し続け、私を縛り続け、私に頼り、依存して
ひとりで旅立ったあのひと。
あのひとの少女のような笑い声。
最後になるだなんて、考えもしなかった。
後悔とも懺悔とも、諦めともつかない感情に安堵が加わって、ぎゅうっと胸が締めつけられます。
でも、もう涙は出ない。
あのひとに最後に会った日、またね、大好きだよと
また会おうね、と約束したのですから。
【繊細な花】
だれにも話したことのない物語を持っているように
息をついたりうつむいたり目を細めたりしながら
花の名前について、ゆっくり話そう
もったいないからずっと奥のほうにだいじにしまってあった物語
あなたにはその花の名前を知る理由がある