【ここではないどこか】
静かに物思いする時間に相応しい一説
この一文を、どこかで見かけたような気がする
どこだったかな
あの詩集だったか、あのエッセイだったか
もはや誰のものでもない、みんなの一説
ビールでも飲まないと照れくさくて使えないほどクサい
だけどあまりに生々しい一説
薄目で見たくなるほど痛々しい一説
なにかがわかってしまうような一説
【君と最後に会った日】
あのひとと最後に会った日、私は笑っていましたか。
あのひとを罵りはしなかったでしょうか。
あのひとに感謝を伝えられたでしょうか。
私を愛し続け、私を縛り続け、私に頼り、依存して
ひとりで旅立ったあのひと。
あのひとの少女のような笑い声。
最後になるだなんて、考えもしなかった。
後悔とも懺悔とも、諦めともつかない感情に安堵が加わって、ぎゅうっと胸が締めつけられます。
でも、もう涙は出ない。
あのひとに最後に会った日、またね、大好きだよと
また会おうね、と約束したのですから。
【繊細な花】
だれにも話したことのない物語を持っているように
息をついたりうつむいたり目を細めたりしながら
花の名前について、ゆっくり話そう
もったいないからずっと奥のほうにだいじにしまってあった物語
あなたにはその花の名前を知る理由がある
【1年後】
過去の自分を呪って、
自分の稚拙さを悔やんで、
泣きながら思い出を睨みつけ、
最新の情報に更新し、
冷静に、静かに、息を整えて、
見えていないものを保留して
やっと1年経った
1年経ってようやく、愛していたのだと知った
信じていた、おそらく、たぶん、
家族みたいに
それは印籠のように、罪の意識への免罪符になる
ばかなひと
何があったか知りもせず
息絶えるまで赤信号につかまっていればいい
なぜそんな目に遭うのか知りもせず
【日常】
カーテンの外の光で目が覚めたら、
ごはんをたべて、うさぎが後ろあしをぴっと揃えて寝転がっているのを見てニヤニヤする
良い顔面と良いくちづけと良いストーリーを見てたら
スマホが鼻に落ちてきて慌てる
時間ができたら興味深い本を読んだりする
おなじところを3回くらい読んだりする
眠くなったら眠る
もちろん、目が覚めてからうさぎ後ろあしぴっとまでのあいだで仕事もする
夕飯の支度もする
玄関の鍵を閉めたのにくつしたを履き替えに帰ったりする
カラスとか宇宙人について考えたりする
そういうことの間でふっと、君がくだらない連絡をしてくる
バリキャリの表情をつくって、おなじくらいくだらない返信をする
それが日常