「ごめんね」
その一言で終わらせてしまったこと、ずっとずっと後悔してる。大人になったはずなのに、青春を取り零したせいでずっと心の奥底で泣いている。
大好きなものほど何故か手離してしまう人生。今日も、もう読む時間が無いからと、大事な本達を自分の手で売りに出してきた。
死神から寿命が宣告されてから一週間。それで、私が生きられるのも今日を含めてあと一週間らしい。
家への帰り道、空は橙色と桃色と薄紫色が混ざり合っている。賑やかな街中を迷いなく歩く。
視界の端に何かがうつった。私はその場で足を止めた。
一目でわかった。
一直線に走った。人違いだったらどうするんだとか、そういう考えは一切排除されていて、ただひたすらにあの子のもとへ走った。
はぁはぁと息を切らして、あの時と同じ距離であの子と顔を合わせる。
あの子が大粒の涙を落とした。アスファルトに黒いしみが増えていく。何も言わないで、しばらくあの子が私を抱きしめていた。それでも涙は止まらなかった。
「泣かないでよ」
「ごめんね」
そう言ったあの子は左手の薬指が光っていた。
あの子はどうやら幸せに生きているみたいで、私が過去に残した重荷が今の今下りてくれた。
なんだか本当に、私が死ぬ未来は近いのかもしれない。
どうか泣かないで。二人こうしてまた会えたから、私にはそれだけで十分な気がするの。
(泣かないで)
もう何もしたくないと思うような朝。重たい瞼を開けて、身体を起こす。
アア、つい最近まではあんなにも温かかったのに。
季節の思わせ振りな態度に苛つきながら洗面所の蛇口を捻る。勢いよく水が出たものだから慌てて調節した。冷たい水を両手で掬って顔にぱしゃりと掛けた。手で感じるよりも冷たく、ブルリと体を震わせた。
冬はまだ始まったばかり。これからが本番だと思うと酷く気が重い。
そうだ、今日帰ってきたらこたつを出そう。そうと決めたら会社への足取りが少しだけ軽くなった。
(ふゆのはじまり)