蝉の声に飽きたころ、
庭の倉庫で祖父の麦わら帽子を見つけた。
クタクタになって、ほつれていたけれど、
なぜか、また祖父に会えたような気がする。
祖父は朗らかな人であり、
詩を愛し、本を愛し、そして自然を愛していた。
いつ会っても本の匂いに包まれている人であり、
私が生まれた日には、私の名前を主題にした詩を
作ってくれた。
かなり昔には、猪を狩って、猪鍋を身内に披露し
「この産毛が美味しい」と語ったという。
祖父は私が幼い頃に亡くなった。
酒を交わして語り合いたいこともたくさんあるが、
今はただ、墓を経由して語りかけるのみである。
再び会うことができたとするならば、
「大きくなったね」と声をかけてくれるだろうか。
そう思いながら、祖父の麦わら帽子を
そっと持ち上げると、ちいさな蜘蛛が一匹
倉庫の奥へと逃げて行った。
私は麦わら帽子を少しだけ叩き、綺麗に置き直すと、
倉庫を閉じた。
まだまだ夏は続く。
拝啓
ひときわ厳しい日差しが照りつけておりますが、
いかがお過ごしでしょうか。
昨今、
ブラック企業が何のやらと言われておりますね。
労働人口が減る最中、
貴重な人材は大切にしたいものです。
しかし、わたくし、
いくらキツくとも
その活動をとめるわけにはいきませぬ。
週休という概念を取り入れるとするならば、
わたくしは週休0というわけであります。
働いて当たり前と思われるでしょうが
いざ活動をやめたらどうなるか、
考えたことがありますか。
植物は泣き叫び、
(ソーラーパネルで過ごすご家庭も含まれるでしょう)
異常気象はむしろ氷河期化し、
(南極はむしろ元気になるでしょう)
大混乱になりやしませんか。
夏など無くて良い、と思う方も多いでしょう。
仏の顔も三度まで、と言います。
悪口には気をつけた方が良いのではありませんか。
敬具
太陽
人類様
追伸:やっぱり夏はスイカにかぎりますね。
限りなく落ち続ける 水
そこに怒りを感じたのは なぜだろう
遠くでは 鐘の音が なっているが
水のあまりの迫力に 圧倒される
削られ続ける 石
しかし そこには悲しみが ない気さえした
流れゆく水
いったいどこへ 辿り着くのか
二度と会うことのないしぶきに
別れを告げる
そして石よ、
お前の原型に
思いを馳せる
1秒たりとも欠けることのない水しぶきに
彩りを持たせる鐘に
ああ 諸行無常
なんて 気取ったことを 思った
まだ冬の香りが残る頃
あなたは「桜が見たい」と呟いた
慌てて私は 桜の植木を 探しに走り回った
(——すでに覚悟はできている 頃だった)
近くの花屋 遠くの植木屋
寒さで耳が痛くなるほど 探し回った
車のドアの開け閉めに 飽きるほどだった
◇
やっと 見つけた 小さな苗木
その枝は 細く 細く まっすぐと伸びていた
まだ春の兆しがなく 葉すら存在していなかった
◇
すぐさま 医師に看護師に頼み込み
そっと病室に持ち込んだ 桜の苗木
くすんだ茶色の枝と土の匂い
それでも
あなたも 私も
そこに 満開の花びらを みた
明日もし晴れたら 海に行こう
トンネルを抜けると そこには
目が眩むような 砂浜
◇
明日もし晴れたら 映画に行こう
開始5分で後悔しても B級でも
君と観れば 思い出なんだ
◇
明日もし晴れたら 感謝でも伝えよう
気恥ずかしくて あまり言えなかったこと
◇
明日もし晴れたら 素直になれるかもしれない
明日もし晴れたら 戦争が終わるかもしれない
明日晴れたら もう会えないかもしれない
明日の晴れを告げるラジオ
「さようなら」すら伝えられず
闇の中で 緑の機体だけが
ぼんやりと 佇んでいた
だけれども 唯一の 味方のようだった