君の声がする
『君のおかげだ。ありがとう』
脳内でマスターの声が反響する。
わたしはそのためだけに生きているのだから。マスターのためならば、この手も身体もどんなに汚れたって構わない。
「落としましたよ?」
ターゲットにわざとぶつかり、落とさせた鞄を拾い上げる。上目遣いで見つめれば、それはスタートの合図。
マスターの名のもとに、あなたの悪事、暴かせていただきます。
隠された手紙
今日でこの家ともお別れだ。ここには思い出が多すぎる。
引越しのため詰めた荷物や家具を運び出す。すると、箪笥の奥から封がされたままの手紙らしきものが出てきた。
興味本位で封を切ると、そこには半年前に別れた元恋人からの手紙が入っていた。日付は2年前。まだ楽しかった頃の思い出と、サプライズで隠した手紙だと書いてあった。
文末は「この手紙を読んでいるときにもまだ隣にいられるかな」で締められていた。
読まなければよかったと、再度封を閉じビリビリに破いた。
今更こんなのってないよ。
バイバイ
あなたは知らないでしょう。わたしがこんな感情を持っていただなんて。
初めは良かった。だけどどこかで狂ってしまった。
もう一緒にはいられない。これ以上、狂った歯車を回し続けるのはごめんだ。
荷物をすべてまとめて、気づかれないようにドアの外に出た。持っている鍵をポストに入れればそこで終わり。
悲しくないのに、視界が歪む。溶けた感情が生ぬるい雫となって手のひらに落ちた。
バイバイ。
まだ知らない君
こんな美味しいもの初めて食べた、ときらきら目を輝かせる君。もう何年も一緒にいるはずなのに、まだ知らない君がいるのか。
食事の手が止まったのを見て君は不思議そうに食べないの? と尋ねてきた。あと何面あるか知らないけれど、いつかは君のすべてを知ることはできるのかな。
やさしい嘘
あなただけだよ、と彼は言うけれど、それが嘘だということはわかりきっている。彼が結婚して子どももいるって知っているから。自分が彼にとって都合のいい人間だってことも、利用されてるってことも、全部知ってる。
全部知ってるのに、そうやって甘く優しい嘘をつき続けるから離れられないでいるのだ。
***
不倫ダメ絶対